見たいものしか見えていない
リサーチ力(観察眼: 情報処理能力) 「発見・展開・整とん」
アートの創作において、リサーチや取材の重要性はしばしば軽視されがちですが、そのプロセスが最終的な作品に与える影響は計り知れません。歴史的に見ても、多くの著名なアーティストたちは、作品を完成させるために膨大なリサーチを行い、その資料をもとに丹念に準備を重ねていました。
たとえば、レオナルド・ダ・ヴィンチは、解剖学や植物学、天文学など幅広い分野の知識を集め、それをもとに細部に至るまで精緻なスケッチを作成しました。
『ウィトルウィウス的人体図』 1485年頃 レオナルド・ダ・ヴィンチ
レオナルド・ダ・ヴィンチ手稿『美術解剖学』
『ほつれ髪の女性』 1508年頃 レオナルド・ダ・ヴィンチ
レオナルド・ダ・ヴィンチ手稿
『女性の手の習作』 レオナルド・ダ・ヴィンチ
その結果、レオナルド・ダ・ヴィンチ作品は単なる視覚的な美しさを超え、観る者に深い知識や洞察を与える力を持っています。彼の『モナ・リザ』に見られる手の表情や光と影の扱いは、まさにそのリサーチの賜物です。
『モナ・リザ』1503 - 1519年 レオナルド・ダ・ヴィンチ
また、ルネサンス期のイタリアでは、アーティストたちはしばしば徒弟制度の中で技術を磨きました。この制度では、若い芸術家が師のもとで模写やデッサンを通じて技術を学び、その過程でリサーチの重要性も学んでいました。彼らは、単に模倣するのではなく、観察を通じて対象の本質を理解し、それを自分の作品に反映させる力を身につけていきました。
『キリストの洗礼』ヴェロッキオ
レオナルド・ダ・ヴィンチ[部分:左の天使]
このように、アートにおけるリサーチは単なる準備段階ではなく、創造的なプロセスの中核を成すものです。現代においても、優れたデザイナーやクリエイターは、豊富な資料を基に作品を作り上げますが、その背景には歴史や文化、社会的文脈に対する深い理解が不可欠です。これが、単なる視覚的な美しさにとどまらず、観る者に感動や洞察を与える作品を生み出すための鍵となります。
『サルダナパールの死』 1827年 ウジェーヌ・ドラクロワ
リサーチによる発見は、アートの制作過程で無限の可能性を広げます。しかし、その反面、膨大な情報に溺れ、作品の主題がぼやけてしまう危険もあります。特に、取材やリサーチを行う際には、目的を明確にし、集めた情報を精査し、取捨選択を行うことが求められます。これは、作品の質を高めるだけでなく、アーティスト自身が自身のビジョンを見失わないためにも重要です。
アートに限らず、私たちの日常生活においても、リサーチ力や観察眼は重要なスキルです。私たちは日々、多くの情報に接していますが、その中から本当に価値のあるものを見つけ出し、それを自分の生活や仕事にどう活かしていくかが問われます。
歴史的に見ても、優れた観察力を持つ者が新たな発見をし、その発見が時に社会を変える力を持つことがありました。
『サン・ラザール駅』1877年 クロード・モネ
『階段を降りる裸体No.2』 1912年 マルセル・デュシャン
ダ・ヴィンチが述べたように、「凡庸な人間は注意散漫に眺め、聞くとはなしに聞き、感じることもなく触れ、味わうことなく食べる」。
トリノ王宮図書館が所蔵するレオナルドの自画像(1513年 1515年頃)
つまり、私たちは無意識のうちに、目の前にある情報を見落としてしまいがちです。しかし、本当に価値のあるものは、意識的に観察し、深く考えることで初めて見えてくるものです。アートの創作においても、また日常の中でも、この「よく観る」姿勢が、新たな発見や成長につながるのです。
この章では、アートのリサーチや観察の重要性を、歴史的な視点と現代の実践を通して探求します。
さらに、そのスキルがどのように私たちの生活や考え方を豊かにし、より深い理解と創造性をもたらすかを考察します。
≪アートの民主化 Chapter 4 強い想いが人を動かす≫ に続く
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