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  • 執筆者の写真sfumita7

サイエンスに刺激されるアート

更新日:2021年6月15日

【絵画技法の発展】

  画材とそれを使う技法は、かなり直接的に美術表現に影響を及ぼした。

       『モナ・リザ』1503年-1507年 レオナルド・ダ・ヴィンチ


【画材と技法】

モザイク:

 種々の色の鉱物などの細片をすきまなく敷き並べて、壁画や床を装飾する芸術の技法。

 ※モザイク 語源 Mousai(ミューズ) ラテン語(=ミューズ神/芸術的な)

ステンドグラス:

         『ドゥオーモ大聖堂』 イタリア(ミラノ)

フレスコ:

 下地の漆喰(しっくい)が乾かないうちに、水だけで溶いた顔料で描く技法。

 ※ フレスコ fresco イタリア語(=新鮮な)

      『キリストの哀悼』1305年 ジョット・ディ・ボンドーネ


テンペラ:

 乳化作用を持つ物質を固着材として利用する絵具、及び これによる絵画技法。

 ※テンペラ tempera イタリア語(=混ぜ合わせるという意味)


油絵:

 15世紀、ファン・エイク兄弟が油絵の技法を完成させた。

  ※油彩の最大の特徴は比較的乾燥が遅い為に修正がきくこと。修正がきくことから、

  カンヴァスや板に直接色彩で描くことが可能になった。

 ※フィレンツェのデッサンに彩色する技法に対し、ヴェネツィアで初めから色彩で

  描いていく技法が生み出された。

      『アルノルフィニ夫妻の肖像』1434年 ヤン=ファン=アイク


◎作者が絵の真ん中に書き込んだ文字


Johannes de eyckfuit hic 「ヤン=ファン=アイクここにありき」


 ※現代でいえば、人生の厳かな一瞬、婚約式の承認として、署名入りの写真に法的な効力

  があるようなもの。


遠近法(透視図法):

  ※消失点の発見を実証した絵

『最後の晩餐』1495年-1498年 レオナルド・ダ・ヴィンチ


美術解剖学:

『ウィトルウィウス的人体図』 1485年頃 レオナルド・ダ・ヴィンチ


【写実絵画の発展】

 ルネサンス期(15-16世紀)の解剖学や絵画技法(遠近法・明暗法 etc.)、

 画材(油彩)の発展により、精度の高い写実表現が可能になりデッサンの芸術性が

 高まっていった。


デッサン [dessin:仏] とは:

 物体の形、明暗などを平面に描画する美術の制作技法、過程、あるいは作品のこと。

 ※ドローイング[drawing:英語]は線描画の作品も示す。

 •語源【ラテン語 designare [デジナーレ]】は「デザイン」と同じで

  ” 計画を記号に表す、図案、設計図”といった意味をもつ。

『聖アンナと聖母子と幼児聖ヨハネ』1499年 - 1500年ごろレオナルド・ダ・ヴィンチ

クロッキー[croquis:仏]:

 ・人物や動物など”動き”のあるものをごく簡単に描いた絵


エスキース[esquisse:仏]:スケッチ[sketch:英]

 ・構想している計画や企画を具体的に展開していく絵

 ・眼に写ったかたちや頭の中のアイデアをごく簡単に記録する絵


エチュード[étude:仏] :習作

 ・ものごとの構造や状況・状態を見極められる絵



【バロック時代に発展した明暗法(キアロスクーロ)】

 王家の権威を知らしめるため大きなキャンバスに描かれたバロック絵画は、現代の宣伝 

 ポスターや広告看板のようなものでした。バロック時代のスター画家カラヴァッジョ

 (1571-1610)の、光と陰をまるで舞台照明のように演出して描かれた絵画は、当時の

 最先端技術だった絵画技法(遠近法・明暗法)と画材が駆使された視覚効果だったのです。

         『トランプ詐欺師』1594年頃 カラヴァッジョ


 朝の陽ざしと夕暮れどきの光は、ただ明るい暗いというだけではなく雰囲気が違います。絵画技法の明暗(光と陰)法は、人物の立体感や背景の奥行きを描けるだけではなく、その人物の心情やその場所の雰囲気を伝えられる表現方法です。西洋では、絵にリアリティーとインパクトを持たせるために明暗法や遠近法などの写実的な絵画技法が研究されました。古典絵画の時代にも現代の映画やテレビ、スマホ画像の高画質化と同じように技法や画材の開発、技術の発展が求められていました。

           『牛乳を注ぐ女』1658年 フェルメール


新古典主義の画家カミーユ・コロー(1796-1875)は、現代の舞台照明などの演出表現の原点となる新しい明暗法を開発して、より深い奥行ゆきのある風景画を描きました。また、叙情豊かな雰囲気きを伝える明暗表現を開発して、古き良き時代の日常的な西洋風景を叙情豊かに描き、現代社会にその魅力を伝えているのです。

     『モルトフォンテーヌの思い出』 1864年 カミーユ・コロー


【写真の普及】

 •画家たちを独自の探求と実験に駆り立てた。

 •カメラは、ふとした一瞬の情景のもつ魅力や、思いがけない方向から見た面白さなどに

  気づかせてくれた。

 •画家たちは写真が太刀打ちできない領域を探らざるをえなくなった。


 1800年代はカメラと写真技術が著しい発展を遂げた時代で、それまで依頼のあった風景画や肖像画といった画家の仕事が減り始めました。

伝統的な写実表現を継承してきた新古典主義の画家アングルは、そのような社会において絵画にできることは何かを考えます。

         『グランド・オダリスク』 1814年 ドミニク・アングル


 しかしそんなアングルの心配をよそに、同時代に台頭していたロマン主義の画家ドラクロワの描く絵画のように、写真では表現できない歴史や現実の出来事を題材とした絵画が評価されるようになりました。また、写真技術の発展に促されるように、現実を写し取るだけの写真にはけっしてできない色彩表現や、好きなように誇張して描ける絵画ならではの技法が発展します。

       『サルダナパールの死』1827年 ウジェーヌ・ドラクロワ


 後世では、画家エドガー・ドガも、アングルを尊敬し写実主義を主張しながらも、写真の構図を取り入れた絵画表現や新しい題材を探求していきます。その後も写真技術や映写機などといったサイエンスの進歩に刺激された画家たちによって、新しいアートは花開いていったのです。

      『ダンス教室(バレエ教室)』 1873-1875年 エドガー・ドガ


【印象派の画家たちの用いた”筆触分割”】

 •太陽の光を構成するプリズムの7色を基本とし、しかもそれらをおたがいに混ぜないで

  使用するという技法。

 •絵の具の色というのは、混ぜれば混ぜるほど黒に近くなり、明るさが失われていくが、

  戸外で描き、自然の光を忠実に捉えたかった印象派の画家たちは、混ぜると暗くなる

  絵の具を「混ぜない」ことで明るさを表現しようと考えた。


  『グランド・ジャット島の日曜日の午後』1884-86年 ジョルジュ・スーラ


【クリエイターの発想の源】

 子供の頃から神話の世界に関心があった画家オディロン・ルドンは、植物学者アルマン・クラヴォーと知り合い、顕微鏡下の世界に魅せられ、その出会いが画風にも影響していきます。クリエイターの発想の源にジャンルの隔たりはありません。個性とは、環境と選択して収集してきた情報で構築されていくのです。


『「起源」 Ⅲ. 不恰好なポリープは薄笑いを浮かべた醜い一つ目巨人のように岸辺を漂っていた』 1883年 オディロン・ルドン


         『キュクロプス』1914年 オディロン・ルドン  

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