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執筆者の写真sfumita7

人は誰でも絵は描ける                                  ただし自分の見ている程度に描ける

更新日:2月4日


『画家のパレットなぞ、何の意味もない。すべては眼できまる』   ピエール=オーギュスト・ルノワール


『ムーランド・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』 1876年


師匠から「君はなぜ描いているのだ」とかいった問いに対して「楽しいから」と答え、破門されたルノワールは、モンマルトルのカフェで芸術論をぶつけ合い苦悩する前衛画家たちの中で幸せそうに絵を描いていた。そんなルノワールは絵画に輝きを与えた。 絵を描くことを生涯、修行ではなく楽しみ続けた印象派の巨匠ルノワールは最後にアネモネの絵を描きました。「ようやく何かがわかりかけた気がする。」という言葉を残し、その夜に亡くなったそうです。78歳でした。

『アネモネ』1883-90年 ピエール=オーギュスト・ルノワール


自分の描いてきたスケッチブックを他人と比べる必要はなく、昨日よりも今日、今日よりも明日と少しでも前に向かっていればそれでいい。

「私は毎日進歩しつつある。私の本領はこれだけだ。」ポール・セザンヌ


『静物』1879-82年 ポール・セザンヌ



”思い”の強さが成長を加速させる


好きなことが才能。 続けられることが実力。 癖は魅力。 磨かれた感覚が、幸せを見つける力になる。 誰もがやっていること、できることでも 自分らしい新鮮な組み合わせで相対性を実感し充実した時間を過ごせる。 自分という人間は自分だけ。 「嬉しい、楽しいは、絶対的に正しい」 感覚的知性を磨くことになる。 人工知能が、まだ人からほど遠いのは「楽しいからやる」「嬉しいからやってしまう」「誰かが喜ぶからやる」 といった感覚。生き物として大事なこと。 だから誰かが喜ぶから、自分も喜ぶから、楽しいこと嬉しいといった感覚を見直す。

何ごとにも興味、関心を抱かしてくれる人は優秀な指導者といえる。

ちょっとしたアドバイスやヒントで、多くのことを学び洞察できる人は有望な後継者といえる。

雪舟は、中国に渡り中国画を李在より学び、第一後継者に選ばれ、日本に戻り日本版水墨画をつくった。


『秋冬山水図』のうち秋景  雪舟

第一段階(受動的)ではあくまで細部まで描かなければならない。 表現の良否ではなく、どこまで見たかということ。

第二段階(能動的積極的)では、それら不要な部分を整理し、堅牢な力強い画面をつくっていくこと。


「整理」とは真に必要なものを「選択」すること。それぞれ、学びの段階のねらいを意識すること。



絵を描いたり、ものを造ったりしているときの充実感は子供の頃、時を忘れてずっと遊んでいた時間に似ている。 思考(イメージ)と行動の繰り返しが人を成長させ、充実させていく。 楽しいから集中し、思考量が増えて具体的な行動に移れる。 本当に欲しいものは、文化的なことで手に入れられる。 “幸せを感じるのは成長が加速する時、止まれば消える” 絵を描くことも仕上がった達成感というよりは 「もっと良くしたい、もっと描きたい」といった過程で成長が加速し続ける。 だから画家は絵を描けている限り、年をとってもボケないで長生きする人が多い。





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