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  • 執筆者の写真sfumita7

坦々と過ぎゆく日常の中で

更新日:2022年1月28日


 人類の祖先は、想像した動物の絵や宗教的、呪術的なストーリー、シンボルを創造するなどの虚構により、認知能力が発達した。

※認知的能力(学習、記憶、意思疎通の能力)



【創造性により脳(思考力)が劇的に発達】

 •80万年前に火を発見し、30万年前には一部の人類種が日常的に使用。

 •7万年前から3万年前にかけて、人類は舟、ランプ、弓矢、針(暖かい服を縫う)を

 発明、芸術と呼べる品々、宗教や交易、社会的階層化の最初を創造していった。

 

 クロマニョン人(ホモ サピエンス)は、 虚構により単に物事を想像するだけではなく、

 集団でそうできるようになった。無数の赤の他人と著しく柔軟な形で協力できるようにな

 り、世界を支配した。





文田聖二 FUMITA SEIJI 作品集「平成美術家日記」





≪ 日常空間の中に新しい視点を送り込んだデジタルグラフィックス作品 ≫



 絵を描くように写真を撮り、写真を撮るように絵を描く。デジタルであることの自由がもたらした作画感覚で表現した作品群。





『 トラベラー 』



Art de Vivre アール・ド・ヴィーヴル

・フランス人の心に根付く生活信条

・放っておけば平凡で代わり映えもしない日々の繰り返しに埋没してしまう日常を

 いかに生気に溢れて楽しみや生きがいを追求する能動的な人生に転機するか

・自分らしく幸せに生きること

・生活をアートとして捉え、他人に左右されない生き方を一つの美学とする考え方


 意識しないと坦々と過ぎていく日常。これまでとは違う視点、立場を変えて見直してみると全く違う世界がみえてくる。




『 バス 』



『 クリスマス 』



『 フライト 』



『 三匹 』



『 熊雲 』




『 くまにゅうどう 』



『 メールボックス 』




≪ EPSON Color Imaging CONTEST 受賞作品展 ≫


日常のスナップ写真をデジタル処理した写真作品を発表。                   審査員賞(戸田ツトム賞)受賞 1999年 10月




『 シーソー 』



『 アイランド 』



 社会や教育、企業に必要とされる創造性の本質として、スティーブ・ジョブズがピクサー映画の製作として掲げた理念である ”「ストーリー」「キャラクター」「世界観」の3つを主要な側面として考える” は、魅力的な社会や教育、企業を創造していくためにも重要なワードだと思います。

 「思い込みをなくす」「気づき」「ストーリー性」「個人の感性」「関心をもつ」「世界観」「美意識」などといった創造性の本質を捉えた視点の導入が、息の長い考え方として社会や教育、企業に必要だと感じています。



『 夢の色 』



『 スピーカー 』




『 ケーキ 』


『 二人パーティー 』


『 祝い 』



『 あかり 』


『 灯り 』

 

『 星 』


 瞑想状態や何かに没頭している時に前頭葉のΘ波の数値が上がるようですが

"好き”や懐かしさ、心地よく感じる光の影響、心が揺さぶられることは具体的なデータにしにくい。

 光の芸術と言われる西洋絵画の明暗表現が、観る人の心を高揚させ感動させるので”光”も似たような効果を引き出すのでしょうね。




『 現場・日本人男性 』



『 面影 』

 


『 家ご飯 』



『 雲コレクター 』



『 アニミズムメーカー 』



平成日記「表現のススメ」


バブルが弾け、「援助交際」という言葉の意味を誰もが知り、ブルセラショップが繁盛していた1990年代後半、私は、女子高校の美術講師をしていた。ある生徒が美術室の清掃中に突然、「女子高生と話ができて、嬉しい?」、「先生は、幸せ?」と尋ねてきたことがある。また、授業中に「今風の女子高生が嫌い。それを喜んでいる大人も気持ち悪い。」と発言した女子高生の意見も印象的だった。大人として、男性として、教師として考えさせられる瞬間が不意に訪れる。語りかけてきた彼女達はいづれも、突飛な発言に対しての30代前半の男性講師の反応を観察して楽しんでいる様子ではなかった。悪意も愛情も感じないその表情は真剣だった。

私の高校時代とは幸福感が違ってみえる生徒に対して、そんな時に私は、適確な意見を述べているのかどうかいつも発言内容を気にしていた。しかし、返答する私をみる彼女達の無表情な顔を思い返してみると彼女達の心情として、その発言内容が重要なのではなかったのかもしれない。何か答えというよりは、大人である私が常に問題意識をもっているのか、自信をもって人生を歩んでいるのか、幸せなのかを確認したかったのか、あるいはそうあってほしいと願っていただけなのかも知れない。

子どもがいずれ自分も参加する社会とそこに生きる大人をみつめるのは自然なのことで、先人は後人に何かを教える前にその人自身の生き方を観られていることを自覚して自分を表現することがその責任を果たしているといえるのだろう。

 子どもは、疑問をたくさんもっている、しかも日々どんどん増えていく。そんな時、子どもは大人を観る。それから友だちと自分を対比し、それでも答えがみつからなかった時に自己解決を試みる。その時、自分のキャパに限界を決めつけて引きこもらず、納得する自分独自の意見に辿り着くためには、他者(外界)とのコミュニケーションが大切となり、そのための自己表現が必要となってくる。自分らしい表現をみつけることは人生への自信や、充実に繋がっていく。

 自己表現の手段は多種多様で、その中に芸術や文学表現があるが絵筆やペンを持たなくても、日頃の行動や諸問題への対応などで自分らしさをアピ−ルすることも表現といえる。ガングロなどの流行をとり入れ自己主張した高校生、そんな高校生に嫌悪感を感じて批判する同世代の高校生のどちらもそれぞれ「ファッション」と「批判」、その他『スポーツ、絵画、料理、収納術など」なんでも自分自身を思いきり表現していることが充実した人生を過ごしているように感じられる。


「昭和」が消え、「平成」が徐々に色付き、21世紀になった今日、確かなものが「老い」と「死」ぐらいになり、あらゆる分野で見直しが叫ばれている。そんな不信の続く日本社会の状況だからこそ、日々察知したことを自分のフィルターをとおして「表現する」ことが、この社会生活に対する漠然とした疑問や不安を解消し、自分の存在を確かなものとして維持し飛躍できる手段となる。

そして、そんな人々の表現する姿とその記録が後世に残る確かな現時代の痕跡となるだろう。


私は、何か自分らしい手段で自分自身を他者に「表現」することをすすめる。

この本は、「平成時代」が始まってから続けている私の「表現」である。




『 ドール 』



『 ベランダ 』



『 応援 』



『 マンション生活 』



『 誕生 』



『 遺伝子 』



『 兄弟 』



『 妻の庭 』


『 妻の遊び場 』



『 渋谷 』



『 記憶の記録 写真を撮る 都会の花 』



『 記憶の記録 写真を撮る トンネルⅠ 』



『 記憶の記録 トンネルⅡ 』



『 記憶の記録 写真を撮る タイムラインフィールドⅠ 』



『 記憶の記録 写真を撮る タイムラインフィールドⅡ 』



『 記憶の記録 写真を撮る 子どもの時間Ⅱ 』




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