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  • 執筆者の写真sfumita7

画家に転職した牧師

更新日:5月4日

牧師であるフィンセント・ファン・ゴッホは、貧困などの悩みをもつ庶民のために働くことが生きがいでした。しかし情に流されやすいゴッホは、教会に配給された物資や支援金を困窮している人たちをみると衝動的に分け与えてしまうなど、献身の想いや情熱だけでは人々を救えないばかりか、組織の一員としてもなじめずに画家に転身します。

その後、周囲と衝突しながら転々とし、やがて弟テオを頼ってパリのモンマルトルに行ったゴッホは、ゴーギャンたち印象派の画家と出会い、日差しが豊かで開放的な南フランスのアルルで、溢れでる生命力の象徴といえるモチーフ『ひまわり』をみつけ、何枚も描きます。

輝くような生命力を表現するために彼は、どんなに貧しくても高級な絵具にこだわって、発色の良い色使いで絵を描いていました。


『ひまわり』1888年8月 フィンセント・ファン・ゴッホ


ゴッホがアルルに来て数か月後に同じ転職画家であるゴーギャンと共同生活を始めますが、個性の強い2人は衝突。その結果、ゴッホが自分の耳を切り落とすなどの奇行に走り、ゴーギャンはパリに戻ってしまいます。



『包帯をしてパイプをくわえた自画像』 1889年

フィンセント・ファン・ゴッホ



『糸杉のある麦畑』1889年 フィンセント・ファン・ゴッホ


『アルルの寝室』 1889年 フィンセント・ファン・ゴッホ



錯乱状態になったゴッホは、アルルにある精神病院に自ら入院します。それでも精神が安定していたときには、何かにとり憑かれたように絵筆をふるいました。


過ごした精神病院から見える風景を描いた傑作『星月夜』。

「見えないものを描いた意味」

きらめく星に生命が宿っているかのように自分の思うまま絵筆を動かし、絵の具をうずまき状に厚く重ねて描くことで画面に力強いリズムが生み出されています。それまでゴッホが描き続けていた生命力がここにも表現されてるようです。

病院からは実際には見えない教会や墓を表す糸杉が、画面に描き入れられています。死を暗示する糸杉を美しいと感じていた、当時のゴッホの精神状態と人生観が込められた絵です。


『星月夜』1889年6月 フィンセント・ファン・ゴッホ


そんな傑作も彼を支え続けていた弟テオ以外は、誰も彼の表現を理解できなかったのです。そんな弟テオの生まれたばかりの息子のために厳しい冬を耐えて春を待つかわいい希望の花を描きました。


『花咲くアーモンドの枝』 1890年2月 フィンセント・ファン・ゴッホ


彼の献身的に芸術に取り組み続けた人生と合わせて、情熱と強い生命力がそのまま表現された絵は、いまも見るものの心を打ち続けています。


フィンセント と テオの墓、オーヴェルス・シュール・オワーズ

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