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  • 執筆者の写真sfumita7

夢の中、気づき

更新日:3月3日






ずっと問い続けてきたことが、夢の中で整理されることがある。

長いトンネルから、いきなり抜け出せた気分になる。そんな夢を見た。




夢の中(高校の教室)


 学生である私が、クラスメートに向けて「学び」についての授業をすることになる。担任の先生も学生に混ざり応援してくれる穏やかな雰囲気の中で授業を開始するが、私語をやめない数人の学生に注意をするといきなり教室から出て行ってしまう。  授業を中断し、出ていった学生たちを連れ戻すためにクラスの全員が学校の外まで追いかけるといった事態に展開する。そのまま数人の学生がいなくなってしまうが、近くの公園にて”青空教室”として授業を再開した時、その場で参加する学生たち、参加しない学生たち、授業をするもの受けるものすべてが、すでに「学んでいる」ことに気がつく。

 再開された授業の冒頭で、まずは学校教育の必要性を語った。【算数】は、最も有効と考えられる“正解”に辿り着くための論理的思考力を身に着けていく訓練と考える。自分の考えを深めるための言語力、他者と情報を共有するための読解力と伝達力、そのために語彙数を増やす学びが【国語】。世の中の仕組みを理解するための【社会】、生物の構造や特徴を理解して探求していく【理科】、様々な文化との交流やチャンスを広げていくためのコミュニケーション力としての【語学:英語】、表現力・創造力・判断力を身に着けていく【芸術】、生き抜いていくための体力と健康を維持していくための【体育】、これらすべてが定期テストや成績、受験対策のためではなく、将来の「生きる力」を身に着けていくための「気づき」と考える

 これらの必須科目を様々な性格の学生が集まる集団の中で、共に「学ぶ」ことでコミュニケーション力の大切さに気づいていくことに学校教育の意味があると考える。ただ限定されたクラスで強制的に同じことをすり込まれるのではなく、自身で探求したいものを選択し、その中で自然に生まれてくるコミュニティでコミュニケーション力を磨くことができる環境づくりが大切だと考える。


でもすでにそんな考えも通り過ぎている自分に気が付く。


 ふと浮かんだ考えをきっかけに授業に参加してくれた学生と意見交換し他者の新鮮な考えに触れられることで、互いに学ぶことができる。参加しなかった学生も教室から出ていった体験から学ぶことがある。それぞれの行動によって”気づき“があり、多様な人格が共存する限り学びがあると考える。


 考え直せば、授業を開始しても私語をやめなかった学生たちに注意をする必要はなく、それぞれの行動を受け入れることで、それぞれの学びがあると考える。誰一人、我慢をする必要はなく、それぞれ自分にとって意味があると思える時間の使い方をすればいい。自分に必要だと思えれば、辛い時間も耐えられる。ただ、つまらないと感じるのであればやめればいい。運がいいとか悪いとか、幸福感もただの考え方の違いで、どんな状況でも自分にできることがある限り、学ぶ姿勢があれば人は生き生きと成長できると考える。人は”気づく”ことで、喜びを感じられる。だから、何歳になっても新しいことを「学ぶ」ことで幸せを感じられるのだと。


 そんなことに気づけた夢を見た。目からウロコの新鮮な体験で、清々しい気持ちで目が覚めた朝だった。










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