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光と陰からアートを読み解く
更新日:2022年5月29日
左斜上からの光(光源)の設定を「レンブラントライト」と呼んでいます。
レンブラントライトとは、画家レンブラント・ファン・レイン(1606年-1669年)が人物を描くときに多用したライティングの技法のことをいいます。
人物の鼻筋に対してライトを斜め45°くらいの角度から当てて、陰になる頬骨辺りに三角形のハイライトを作り出します。
これにより光と陰の差がはっきりして、立体感を強調できるのです。

『パレットと絵筆をもつ自画像』 1662年 レンブラント・ファン・レイン
レンブラントは「光の画家」や「光と陰の魔術師」と呼ばれ、光と陰影の効果を使ったドラマチックな肖像画を描いたことで名をはせた人物です。
その作品の多くは、日常で見たままの景色を写しとるのではなく、わざと舞台のように暗い場面の中で、主役にスポットライトを当てるように描かれています。

『フランス・バニング・コック隊長の市警団』1642年 レンブラント・ファン・レイン
レンブラントはこうした光と陰影の対比を利用し、絵に「物語」を与えていました。
光と陰を理解することは、絵を描くときの技法として役立つだけではありません。美術作品を見たときに「なぜここに光が当たっているのか」、「どんな情景を伝えているのか」など、鑑賞を楽しむためのヒントにもなります。同じ作品を見ていても、知っていると知らないとでは見えてくる物語や意味が変わります。
美術館などに足を運び、改めて作品を眺めてみてはいかがでしょうか。新たな発見があるかもしれません。
鉛筆の2B、HBってなに?
鉛筆売り場に行くと、2BやHBといったさまざまな種類の鉛筆が並んでいます。このアルファベットと数字の組み合わせは、一般的に6B から9H まで17 種類あります。
これらは一体、何を意味しているのでしょうか?
それは、芯の硬さと濃さの違いです。Hの芯はHard(硬い)の頭文字を使い、B の芯はBlack(黒い)の頭文字を表しています。
アルファベットと組み合わせて使われる数字は、Hにつく数字が大きいほど硬くて薄い線、Bにつく数字が大きいほどやわらかく濃い線が描けることを意味しています。
また、あまり馴染みのない人も多いかもしれませんが、HとBのほかにF という種類もあります。
FはFirm(ひきしまった)の頭文字を使っていて、17段階の中でいうとH とHB の中間を意味しています。
この硬さと濃さの違いは、鉛筆の芯の材料の違いによって生じます。
芯は黒鉛と粘土を混ぜて作るのですが、この混ぜる割合によって硬さと濃さが変わります。ただ、鉛筆の書きごこちは、芯の種類だけで決まるものではありません。実際は、温度や湿度 、どんな紙に書くかといった条件次第で変わってきます。
気軽に使えて、実は奥が深い鉛筆。まずは身近にある鉛筆で描き始めてみて、慣れてきたらこだわりの1本を見つけるのも、絵を描く楽しさにつながっていくでしょう。

芯の種類
映画監督の色へのこだわり
色は白と黒の濃淡で表現できる。
まさにこの理屈で、モノクロ映画の美しさを表現した人物がいます。
映画『羅生門』(1950 年)などを作った黒澤明監督です。

当時、モノクロ映画は映像の美しさを追求するものではありませんでしたが、彼は「光と陰による色の効果」を利用して、モノクロ映画に色を感じさせることにこだわりました。
それは彼が元々映画監督志望ではなく、画家志望だったからなのです。
画家志望だった黒澤監督は、印象派の画家フィンセント・ファン・ゴッホの絵にあこがれていました。ゴッホの絵といえば、感情をむき出しにしたような鮮烈な色合いが特徴です。

『自画像』1887年春 フィンセント・ファン・ゴッホ
そうした背景もあり、黒澤監督はとくに撮影するセットや衣装、背景の配色にはこだわっていました。侍が刀で斬り合い、吹き出す鮮血を墨汁にするなど、映像がモノクロ化されたときの濃淡をイメージしながら、撮影する対象の配色を意識していたのです。「モノクロ」の映像で、どれだけ「カラー」を印象づけられるのかが、その映画の鑑賞者の感動に大きな違いが出るということを、黒澤監督は絵画から学んでいました。

映画『夢』絵コンテ 黒澤明監督

映画『乱』絵コンテ 黒澤明監督
色は、照らされる光の強弱によって鮮やかさが違って見えます。モノクロ映像や写真、デッサンの美しさは、対象物の色と光と陰のとらえ方に影響してきます。デッサンはモノクロの表現ですが、どれだけ色を感じとれたか、それを明暗表現に置きかえられたかで、そのデッサンの鑑賞者が感じるリアリティーは違ってくるのです。
日本絵画と西洋絵画の違い
西洋絵画は、浮世絵や水墨画などの日本絵画に比べて、写実的に見えるものが多いと感じたことはありませんか?
たとえばレオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』(1495 年- 1498 年)と、長谷川等伯によって描かれた『松林図屏風』(1590 年代)を見比べてみましょう。
奥行きの表現で切りとってみると、『最後の晩餐』では一点透視図法を用いて部屋の様子が立体的に描かれていたり、窓の外に見える山は空気遠近法によって、手前に描かれている人物などよりも淡くぼんやりと表現されたりしています。

『最後の晩餐』1495-97年 レオナルド・ダ・ヴィンチ
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会
一方『松林図屏風』では、墨の濃淡だけで、松林の奥行きが表現されています。

『松林図屏風』 安土桃山時代 16世紀 長谷川等伯
もう1つ、奥行きとは別の観点でも大きな違いがあります。それは、光と陰の表現です。『最後の晩餐』のような西洋絵画は、光源を設定して光に対する陰影をつけることで、リアルな描写を行っています。それ対して、西洋の美術との交流がなかった時代の日本絵画では、光と陰の表現がほとんどありません。しかし、これは決して日本絵画が写実的な絵を描けなかったというわけではなく、光陰表現よりも輪郭や質感、配置といった表現に重きを置くという、日本独自のリアリズムが追求されていたことを意味しています。

『富嶽三十六景-神奈川沖浪』 江戸時代 葛飾北斎
ものの印象を左右する光と陰の効果
光と陰には、身の回りのものを立体的に見せるだけでなく、印象や雰囲気を作り出す効果もあります。

たとえば顔の真下から光を当てると、顔の凹凸に陰影がつき、おどろおどろしい雰囲気になります。人を怖がらせようと顔の下から懐中電灯を当てるのは、この仕組みを利用しています。また、光の差す方向や強さを変えると、同じ顔でも違った雰囲気を伝えられます。

『トランプ詐欺師』1594年頃 カラヴァッジオ
こうした光の効果は、映画や演劇の舞台の演出、モデルの撮影などの照明として、また建築やインテリアなどの空間デザインにも利用されています。
たとえば、レストランの照明を想像してみてください。家族向けのファミリーレストランは、店内全体が明るく親しみやすい雰囲気が演出されています。一方で、大人向けのシックなバーなどでは間接照明などを使ってムードのある雰囲気が演出されていますよね。

私たちの生活において「光」は欠かせない存在です。身の回りにある光と陰の効果を観察し、それを絵として表現することで、より印象深い絵に仕上げられます。
マンガに学ぶ質感表現
オノマトペは、感触を表したもの以外にも、音や声などをまねた擬音語(ざーざー、ワンワンなど)や、状態や感情などを表現した擬態語 (だらだら、つるつるなど)があります。

日本語はオノマトペの語彙が豊富だといわれています。たとえば「笑い」という言葉を1つとっても、「にこにこ笑う」「クスクス笑う」「ニヤニヤ笑う」「ニタニタ笑う」など数えきれないほどの表現があります。
ふだん私たちは、話し言葉や書き言葉の中でオノマトペを用いて、微妙なニュアンスの違いを伝えているのです。
とくにマンガでは多様なオノマトペが使われており、その表現方法にも特徴があります。たとえば「ふわふわ」と「キラキラ」は、それぞれ雲と金属のような質感の違ちがいを組み合わせることで、オノマトペそのもののイメージを視覚的に伝えられます。ほかにも、効果音では、文字に石の材質を描いて「ゴンッ」というオノマトペに重さや硬かたさの質感を加えています。

『ドラゴンボール』
ふだん何気なく使っているオノマトペの文字にも、絵の質感表現を加えることで、より的確に雰囲気や様子、状態を表現できるのです。
著書
“絵心がなくても立体的に描ける!
『線一本からはじめる 光と陰の描き方』より
