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アートの学び
『忘れっぽい天使(Vergesslicher Engel)』1939年 パウル・クレー “TO BE”ではなく“Being” 「上手くなりたい」「評価されたい」「何者かになりたい」—— アートを学ぶとき、私たちはつい“TO BE(〜になる)”に引っ張られます。 でもね、本当に面白いのはその手前にある。 Being。 いま、ここで、感じていること。 手が動くリズム、色に惹かれる理由、形が生まれる瞬間。 たとえば、真っ白な紙に線を一本引くとき。 「いい線を引こう」と思った瞬間、その線は少し固くなる。 でも、「ただ引いてみよう」と任せたとき、 その線には自分でも知らなかった“自分”が現れる。 Beingとは、「何かになるため」ではなく、 「いま、すでにある自分と出会うこと」。
sfumita7
5月13日読了時間: 1分


ゲルニカ
ピカソの凄さを改めて感じている。 作品性よりも芸術活動の視点を変えたところに興味をそそられる。 戦争の悲しみ、憎しみ、悔しさ、苦しさ…が表現された 『ゲルニカ』 ドイツ兵から「この絵を描いたのはお前か。」 と聞かれた近代美術の巨匠ピカソは 「この絵を描いたのは、あなたたちだ。」と答えた。 『ゲルニカ』1937年 パブロ・ピカソ 何をしたかではなく何のためにやっているのかが心に響く。 日曜画家だったアンリ・ルソー、 世界的に知られる名画はすべて50過ぎに描いた作品。 生前、モンマルトの画家たちは「へたくそ」と馬鹿にしていた中、 彼の才能を認めていたのがピカソ 『蛇使いの女(The Snake Charmer),』1907年 アンリ・ルソー
sfumita7
5月6日読了時間: 1分


アートに触れると自分らしさに気づく
創造性はアートの世界だけではなく、繰り返される実生活の中でこそ効用を発揮する。 自分の視座・視野・視点が変わることで世界の見え方が変わる。 アートに触れることで、日常を非日常に変えるのではなく、当たり前のこととして見過ごしている”日常の奇跡”に気づいて、視座が変わり視野が広がって視点が多角化して、結果的に今までの日常が変わる。 芸術家たちはいつの時代も新しい価値を探し求めて、未知の領域への挑戦を繰り返してきた。だから、時代時代に必要とされるアートが社会変動と共に変貌し続けている。 『夕暮れ→夜景』 『open mind トンネル』 『記憶と記録・日記68』 『2008 プライベートタイム』 『記憶の記録 数分間 木馬』 『記憶の記録 一緒が嬉しい 』 『パス停留所で出迎え』 『記憶と記録・日記4』 『記憶の記録 数分間 ホームシアター』 『記憶の記録 数分間 桜島』 『都庁』 『ノートルダム』 『ローマ』 『古河庭園』 『記憶の記録 数分間 蔵出し』 『記憶と記録・日記59』 『2002 記憶と記録 展示作品』 【脳の活性化】...
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5月6日読了時間: 2分


感性を磨く「楽しさ」
川の流れを止めると水が淀む、腐る。 情報を止めると思考が止まる。 その状態が、思い込み。 情報の思い込みで判断すると不安で辛くなる。 思い込みを取り除くと思考が機能する。 思考量を増やし、情報を常に選択し、その流れを止めない方がいい。 『紅白梅図屏風』 尾形光琳 大抵の思い込みは、自分で気づかないから厄介。 普段、目にしている物事を絵に描くつもりで観てみるといろんなことに気づきだす。 絵は、思い込みや見たつもり、知っているつもりでは描けない。 物事は「見る」のではなく「観る」ことが重要で、 書物と様に「読みとく」「理解」する感覚が大切。 『レオナルド・ダ・ヴィンチ手稿』より レオナルド・ダ・ヴィンチは、 凡庸な人間は「注意散漫に眺め、聞くとはなしに聞き、感じることもなく触れ、味わうことなく食べ、体を意識せずに動き、香りに気づくことなく呼吸し、考えずに歩いている」 と嘆いて、あらゆる楽しみの根底には「感覚的知性」を磨くといった真面目な目的があると提唱していた。 本を読んだり、庭いじりをしたり、絵画を学ぶことやイラストやマンガを描くことも音楽、スポー
sfumita7
5月6日読了時間: 1分
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