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アートの化学反応

  • 執筆者の写真: 聖二 文田
    聖二 文田
  • 11 分前
  • 読了時間: 10分

「当たり前」と「異物」が出会ったとき、世界は少し違って見えはじめる



アートの歴史を振り返ってみると、新しい表現は、まったく何もない場所から突然生まれてきたわけではない。

むしろ、その反対である。


『レオナルド・ダ・ヴィンチ手稿』より
『レオナルド・ダ・ヴィンチ手稿』より
『ひまわり』1888年8月、アルル フィンセント・ファン・ゴッホ
『ひまわり』1888年8月、アルル フィンセント・ファン・ゴッホ

『名所江戸百景 大はしあたけの夕立』 1857年 歌川広重
『名所江戸百景 大はしあたけの夕立』 1857年 歌川広重

『フーガ』1914年 ヴァシリ―・カンディンスキー
『フーガ』1914年 ヴァシリ―・カンディンスキー

誰もが知っているもの。毎日のように目にしているもの。すでに存在している技術や文化。そして、ときには「これは芸術ではない」と考えられていたもの。

それらが、これまで出会わなかった何かと出会った瞬間、思いがけない反応を起こす。


『落穂拾い』1857年 ジャン=フランソワ・ミレー
『落穂拾い』1857年 ジャン=フランソワ・ミレー
『静物』1879-82年 ポール・セザンヌ
『静物』1879-82年 ポール・セザンヌ
『リスニングルーム』1952年 ルネ・マグリット
『リスニングルーム』1952年 ルネ・マグリット
Dalton Ghetti
Dalton Ghetti

『赤い風船に手を伸ばす少女』 バンクシー
『赤い風船に手を伸ばす少女』 バンクシー

化学の実験で、二つの物質を混ぜ合わせた途端、色が変わり、熱が生まれ、まったく別の物質が現れるように。

アートもまた、異質なもの同士の出会いによって化学反応を起こしてきた。

その歴史の一片を紹介しよう。




工場 × 芸術:アンディ・ウォーホル

1960年代のアメリカ。


スーパーマーケットには商品があふれ、テレビからは広告が流れ、映画スターの顔が雑誌や新聞を埋め尽くしていた。

大量生産、大量流通、大量消費。

産業革命から始まった生産力の飛躍的な向上は、20世紀半ばになると、人間の生活だけでなく、私たちが「何を見るか」まで変えつつあった。

そんな時代に現れたのが、Andy Warholである。

Andy_Warhol_1975
Andy_Warhol_1975

ウォーホルは、特別なものを描こうとはしなかった。

むしろ彼が見つめたのは、あまりにもありふれていて、人々が見過ごしていたものだった。

スープ缶。コカ・コーラのボトル。ドル紙幣。新聞写真。そして、マリリン・モンローやエルヴィス・プレスリーといったスターたち。


AndyWarhol-Marilyn-Monr-1962
AndyWarhol-Marilyn-Monr-1962

「そんなものが、なぜ美術になるのか」

当時の人々が抱いた違和感こそ、ウォーホルの狙いだったのかもしれない。

彼は制作拠点を、アトリエではなく**「ファクトリー(工場)」**と呼んだ。


『緑色の惨事10回』1963年 アンディ・ウォーホル
『緑色の惨事10回』1963年 アンディ・ウォーホル

そこではシルクスクリーンという印刷技法を使い、同じイメージが繰り返し生産された。芸術家が孤独なアトリエで一点物の傑作を描くという、古くからの「芸術家像」そのものを反転させてしまったのである。


AndyWarhol-banana
AndyWarhol-banana

ウォーホルが大量生産したのは作品だけではない。

「芸術とは特別なものである」という思い込みまで、大量消費社会の中へ投げ込んだのである。


『キャンベルスープの缶』 1962年 アンディ・ウォーホル
『キャンベルスープの缶』 1962年 アンディ・ウォーホル

美術館の外にあった広告や商品が、美術館の中へ入る。

その瞬間、いつものスーパーマーケットの棚まで、少し違って見えてくる。

これこそ、ウォーホルが起こした化学反応だった。

大量消費社会 × 芸術=ポップアート。




漫画 × 絵画:ロイ・リキテンスタイン


ロイ・リキテンスタイン
ロイ・リキテンスタイン

Roy Lichtensteinが注目したのは、さらに「芸術から遠い」と思われていた世界だった。

漫画である。

1960年代初頭、リキテンスタインはコミックの視覚言語を巨大なキャンバスへ移し始める。


リキテンスタイン[1]
リキテンスタイン[1]

三原色を中心とした強烈な色彩。太い黒い輪郭線。印刷物を思わせるベンデイ・ドット。

小さな漫画の一コマが巨大な絵画になると、不思議なことが起こる。

さっきまで読み飛ばしていた線や点が、突然「見るべきもの」に変わるのである。


リキテンスタイン[2]
リキテンスタイン[2]

彼がこの方向へ進むきっかけについては、息子が漫画を示しながら「パパにはこんなに上手く描けないだろう」と言った、という有名な逸話が伝わっている。

真偽以上に、このエピソードは象徴的だ。

なぜなら、芸術家の目を開かせたものが、美術館の名画ではなく、子どもが読んでいたコミックだったからである。



私たちは、新しいものを探そうとすると、つい遠くへ行こうとする。

しかしリキテンスタインは反対だった。

目の前にあるものを、もう一度見た。

すると、そこに新しい世界があった。


リキテンスタイン[4]
リキテンスタイン[4]

日常 × 視点の転換=発見。

独創性とは、誰も見たことのないものを探し出す能力だけではない。

誰もが見ているものを、誰も見たことのない角度から見る能力でもある。




既製品 × 思考:マルセル・デュシャン


しかし、この「化学反応」をさらに根底から起こしてしまった人物がいる。

Marcel Duchampである。


マルセル・デュシャン
マルセル・デュシャン

1917年。

デュシャンはニューヨークの展覧会に、一つの男性用小便器を横倒しにして持ち込み、「R. Mutt」という署名を施した。

作品名は《泉》。


『泉』レプリカ マルセル・デュシャン
『泉』レプリカ マルセル・デュシャン

美術史を揺さぶる事件だった。

問題は、小便器が美しいかどうかではない。

「これを芸術作品として提示したら、どうなるのか」

という問いそのものだった。


それまで芸術家の価値は、何を描くか、どれほど巧みに描くか、どれほど美しく作るか、といったところに置かれてきた。

しかしデュシャンは、その前提をずらしてしまった。

芸術とは、手で作るものなのか。それとも、何かを選び、そこに新しい意味を与えることなのか。

彼が「レディメイド」と呼んだ既製品の作品群は、その後の現代美術に巨大な影響を与えることになる。


『階段を降りる裸体No.2』 1912年 マルセル・デュシャン
『階段を降りる裸体No.2』 1912年 マルセル・デュシャン

ピカソやブラックのキュビスムが「一つの対象には複数の見方がある」ことを絵画の内部で示したのだとすれば、デュシャンはさらに一歩進み、

「そもそも芸術とは何なのか」

という問いを、作品そのものにしてしまった。


彼女の独身者に裸にされた花嫁、さえも」、通称「大ガラス」(1915-1923年
彼女の独身者に裸にされた花嫁、さえも」、通称「大ガラス」(1915-1923年

小便器は小便器である。

しかし、美術館に置かれた瞬間、それを見る私たちの頭の中に疑問が生まれる。

その疑問こそが作品なのだ。


既製品 × 問い=現代美術。

世界そのものが変わったわけではない。

変わったのは、世界を見るこちら側の目だった。




身体 × 絵画:ジャクソン・ポロック


第二次世界大戦後、美術の中心は大きく動き始める。

戦争によって疲弊したヨーロッパに代わり、アメリカが経済・政治・文化の巨大な力を持ち始めた。

そのニューヨークから登場した象徴的な画家が、Jackson Pollockである。

ポロックはキャンバスをイーゼルから下ろした。

そして床に置いた。

その周囲を歩き、棒や硬い筆などを使い、絵具を垂らし、流し、飛ばした。

絵を「描く」というより、絵の中へ身体ごと入っていったのである。

彼自身、床に置いたキャンバスについて、その周囲を歩き、四方向から制作することで「絵の中にいる」感覚を語っている。

ここで重要なのは、完成した形だけではない。

歩く。腕を振る。絵具を垂らす。身体を動かす。

その時間と行為そのものが、画面に痕跡として残った。

評論家ハロルド・ローゼンバーグは、こうした新しい絵画を論じる際、キャンバスを「絵を描くための面」ではなく、芸術家が行為する**「アリーナ」**として捉えた。

つまり、

キャンバス=画面

ではなく、

キャンバス=出来事が起こる場所

になったのである。

ポロックが先住民文化の砂絵などから刺激を受けたことも知られている。ただし、その影響関係を単純な「技法の借用」として語るより、彼が西洋絵画とは異なる制作のあり方に強く惹かれていた、と考えたほうがよいだろう。

さらに冷戦期、抽象表現主義は、ソ連圏の社会主義リアリズムと対照的な「自由なアメリカ文化」の象徴として国際的に紹介されていく。そこには芸術だけでは語れない、文化外交や政治の思惑も絡んでいた。

自由な表現でさえ、時代という巨大な磁場から完全には逃れられない。

だからこそ、作品を見ることは、その背後にある社会を見ることでもある。


身体 × 絵具 × 時代=アクション・ペインティング。




言葉 × 物 × イメージ:ジョセフ・コスース


ジョセフ・コスース
ジョセフ・コスース

そして1960年代。

芸術はついに、「美しいものを作る」という使命からさらに遠くへ歩き始める。

Joseph Kosuthの代表作《一つと三つの椅子》は、その象徴的な作品である。


Joseph Kosuthの代表作《一つと三つの椅子》
Joseph Kosuthの代表作《一つと三つの椅子》

展示されているのは、

実物の椅子。その椅子を撮影した写真。そして辞書に記された「chair」という言葉の定義。

三つとも「椅子」である。

しかし、三つとも違う。

では、本当の椅子とはどれなのだろう。

座ることのできる物体なのか。写真に写った像なのか。それとも「人が座るための家具」という概念なのか。


作品を前にした私たちは、いつの間にか椅子を鑑賞することをやめ、

「椅子とは何か」を考え始める。

そこに、この作品の面白さがある。

ちなみに《一つと三つの椅子》はデュシャンの作品ではなく、コスースが1965年に制作した作品である。だが、その背後にデュシャンが開いた「物そのものより、そこに生じる問いこそが芸術になり得る」という地平があることは間違いない。


キュビスムが一つの物体を複数の視点から見ようとしたのなら、コスースはそれをさらに押し広げ、

物体・イメージ・言語という三つの次元から、一つの存在を見つめた

とも考えられる。

ここでは絵筆さえ必要ではない。

必要なのは「問い」だった。


物 × 写真 × 言葉=概念。

そして概念そのものが、作品になった。




0から1ではなく、1と1のあいだに


こうして近現代美術を眺めてみると、一つの共通点が見えてくる。

ウォーホルは、商品と芸術を出会わせた。

リキテンスタインは、漫画と絵画を出会わせた。

デュシャンは、既製品と思考を出会わせた。

ポロックは、身体の行為と絵画を出会わせた。

コスースは、物と言葉とイメージを出会わせた。


誰も完全な「無」から何かを作ったわけではない。

すでに存在していたもの同士を、それまでとは違う関係で結び直したのである。

ここに、創造についての大切なヒントがある。


私たちは「創造」という言葉を聞くと、何もないところから突然、天才的なアイデアが降ってくるように考えてしまう。しかし本当の創造は、もっと身近なところにあるのかもしれない。


創造とは、発明することだけではない。すでに存在しているもの同士を、まだ誰も試していない方法で出会わせることでもある。

料理もそうだ。

音楽もそうだ。

科学もそうだ。

人と人との出会いもそうである。


異なる文化が出会い、異なる価値観がぶつかり、ときには反発しながら、そこから新しいものが生まれてきた。

つまり、違いとは障害ではない。

違いこそが、化学反応を起こすエネルギーなのである。




当たり前の景色の中に、まだ見ぬ世界がある


ウォーホルが見たスープ缶は、私たちにも見えていた。

リキテンスタインが見た漫画も、誰もが読んでいた。

デュシャンが選んだ小便器も、特別なものではなかった。

ポロックが使った絵具も、画家なら誰でも知っていた。

コスースが置いた椅子も、どこにでもある椅子だった。

違っていたのは、見る方法である。


私たちは新しいものを求めると、遠くへ行こうとする。

知らない国へ行き、知らない知識を学び、まだ存在しない何かを必死に探そうとする。

もちろん、それも大切だ。

しかし、ときには遠くへ行かなくてもいい。

机の上の鉛筆。

駅までの道。

コンビニの商品棚。

スマートフォンの画面。

いつも座っている椅子。

毎朝見ている空。

その「見慣れすぎて、もう見えなくなっているもの」の中にこそ、新しい世界への入口が隠されているかもしれない。


大切なのは、世界を取り替えることではない。

世界との組み合わせ方を変えることだ。

「これと、これを組み合わせたらどうなるだろう。」

「こちらからではなく、反対側から見たらどうなるだろう。」

「これは本当に、こういうものなのだろうか。」

その小さな問いが、二つの異質なものを近づける。

やがて火花が散る。


昨日までただのスープ缶だったものが、作品になる。

ただの漫画が、巨大な絵画になる。

ただの小便器が、美術史を揺るがす問いになる。

ただの椅子が、「存在とは何か」を考える哲学になる。

その瞬間、変化しているのは作品だけではない。

それを見ている私たち自身も、変化している。

アートの本当の化学反応とは、キャンバスの上で起こるものではないのかもしれない。

作品と人間が出会い、

「そういう見方もあったのか」

と心のどこかで小さな火花が散る。

その一瞬こそが、アートなのである。

そして、その火花を一度知った人は、昨日とまったく同じ世界には戻れない。

世界は何も変わっていない。

けれど、

世界を見る目が変わった。

だから、目の前の景色まで変わって見える。


それこそが、アートが私たちに起こす、もっとも美しく、もっとも静かな――

「化学反応」なのだ。


 
 
 

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