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ブログ小説『なぜ?――違和感は、世界から届く小さな手紙』

執筆者の写真: 聖二 文田
聖二 文田
19 時間前
読了時間: 9分

『法界無常 “everything is constantly changing” 2026』№10
『法界無常 “everything is constantly changing” 2026』№10



いつもの朝に、小さな「なぜ?」が落ちていた


朝、カーテンを開けると、光が部屋の床を斜めに横切っていた。

同じ窓。同じテーブル。同じ椅子。

何年も暮らしてきた家なのに、その日の光は少しだけ違って見えた。

「ねえ、なんで朝の光って、こんなにきれいなんだろうね」

妻が何気なく言った。

私はコーヒーカップを持ったまま、窓のほうを見た。

「なんでだろうね」

答えは、それだけだった。

けれど、私はその言葉が好きだ。


――なぜだろう。

考えてみれば、私たちが何かを知ろうとするとき、たいてい最初に現れるのは答えではない。

小さな疑問である。

「なぜ?」

子どもが何度も口にする、あの言葉だ。

大人になるにつれて、私たちは「なぜ?」を言わなくなる。

知らないことを恥ずかしいと思うようになり、分からないことにも分かったような顔をする。

そして、いつの間にか世界を「そういうものだ」と片づけてしまう。

けれど芸術家という仕事を長く続けていると、むしろ逆なのではないかと思う。


世界を面白くしているのは、

「分かった」

ではなく、

「なぜだろう」

なのだ。





カラヴァッジオの暗闇



『聖マタイの召命』1600年 カラヴァッジオ
『聖マタイの召命』1600年 カラヴァッジオ


昔、ローマで一枚の絵を見た。

カラヴァッジオの《聖マタイの召命》。

暗い部屋に男たちがいる。

そこへ、画面の右側から光が差し込んでいる。

その光は不思議だった。

ただ部屋を明るくするための光ではない。

人間の人生を二つに分けてしまうような光だった。

――この光が差す前の人生。

そして、

――この光が差した後の人生。

そんなふうに見えた。

絵の中では、キリストがマタイを指さしている。

けれど、一瞬では誰がマタイなのか分からない。

だから見る者は絵の前で立ち止まる。


「誰だ?」

「なぜ、この人物なのだ?」

「なぜ、ここだけ光が当たっているのだ?」

カラヴァッジオは、答えを描かなかった。

むしろ「違和感」を描いたのである。

聖書の世界なのに、そこにいる人々は彼の時代の人間のような服を着ている。

神聖な物語なのに、舞台はどこかローマの酒場のようでもある。

遠い昔の聖人伝を描きながら、

――これはあなたの物語でもある。

そう言っているように思えた。

だから四百年以上たった今でも、私たちはその絵の前で立ち止まる。

違和感とは、失敗ではない。

ときにそれは、見る人を作品の中へ招き入れる「扉」になる。





「お父さん、これ変じゃない?」


子どもたちがまだ小さかったころ、家ではよくそんな言葉が飛び交った。

「お父さん、これ変じゃない?」

絵を描いている私の横から、息子が突然言う。

「どこが?」

「ここ」

指さした場所を見る。

私は内心、少しむっとする。

こちらは何十年も絵を描いてきた。

相手はまだ小学生である。

ところが、よく観ると――確かに変なのだ。

人物の肩の位置。

光の方向。

背景との距離。

言われるまで気づかなかった。

そのとき私は”自分が正しい”といった勝手な思い込みを外せた。

「ほんとだ」


息子は得意そうな顔をする。

子どもは美術史を知らない。

遠近法も知らない。

構図論も知らない。

けれど、

「なんか変」

という感覚を持っている。

もしかすると、それこそ人間が最初から持っている最も原始的な美意識なのかもしれない。


美しいものが分かることより、

「何かがおかしい」

と感じられること。

そこから思考は始まる。





富士山は、動かない


『富嶽三十六景-神奈川沖浪』 葛飾北斎
『富嶽三十六景-神奈川沖浪』 葛飾北斎


北斎の《富嶽三十六景》を見るたび、私は不思議な気持ちになる。

富士山は動かない。

ところが、その周囲にいる人間は忙しい。

働く。

歩く。

船を漕ぐ。

風に吹かれる。

雨に遭う。

巨大な波にのみ込まれそうになる。

《神奈川沖浪裏》では、波が画面を支配している。

舟に乗る人々は小さい。

そして、その巨大な波の向こうに、さらに小さな富士山が見える。

普通なら富士山を描くとき、もっと堂々と中央に置きたくなる。

ところが北斎は違う。

富士山を小さくした。

人間よりはるかに巨大なはずの山を、遠景の一点にしてしまった。


「なぜ?」

そこに北斎の仕掛けがある。

富士山は小さく描かれても、弱くならない。

むしろ動かないからこそ、波の激しさが際立つ。

波が動けば動くほど、富士は静かになる。

人間が必死になればなるほど、自然の悠久さが見えてくる。


それは人生にも似ている。

私たちは毎日、ずいぶん忙しい。

締め切り。

仕事。

家事。

お金。

人間関係。

将来への不安。

頭の中では、北斎の大波のように次から次へと心配事が押し寄せてくる。

けれど、その向こうには動かない富士山があるのかもしれない。





父の富士山


私は鹿児島で育ち、大学受験を機に東京へ出てきた。

そして長い年月が過ぎた。

近年、私は富士山をよく見る。

同じ山なのに、毎回違う。

ある日は青い。

ある日は霞んでいる。

ある日は雲に隠れて何も見えない。

夕方には赤くなり、冬の朝には雪をまとっている。


私はときどき写真を撮る。

妻には、

「また富士山?」

と言われる。

「うん。また富士山」

笑いながら答える。

けれど、本当は同じ富士山ではない。

今日の富士山は、今日しかない。

そして、それを見ている私も、昨日の私ではない。


『冨嶽三十六景 甲州石班澤』 葛飾北斎
『冨嶽三十六景 甲州石班澤』 葛飾北斎
『冨嶽三十六景 礫川雪の旦』 葛飾北斎
『冨嶽三十六景 礫川雪の旦』 葛飾北斎
『冨嶽三十六景 駿州片倉茶園ノ不二』 葛飾北斎
『冨嶽三十六景 駿州片倉茶園ノ不二』 葛飾北斎
『冨嶽三十六景 凱風快晴』 1832年 葛飾北斎
『冨嶽三十六景 凱風快晴』 1832年 葛飾北斎


北斎は富士山を繰り返し描いた。

それは同じものを描いていたのではなく、

「同じものなど、この世界には一つもない」

ということを描いていたのではないだろうか。


同じ山。

同じ道。

同じ家族。

同じ朝。

そう思っているものほど、実は毎日少しずつ変わっている。





革命の中を歩く女


『民衆を導く自由の女神』 1830年 ウジェーヌ・ドラクロワ
『民衆を導く自由の女神』 1830年 ウジェーヌ・ドラクロワ


ドラクロワの《民衆を導く自由の女神》を見る。

巨大な画面の中央を、一人の女性が進んでくる。

片手には三色旗。

もう片方には銃。

足元には倒れた人々がいる。

その後ろから、市民たちが進んでくる。

美しい絵である。

けれど、決して穏やかな絵ではない。

そこには死がある。

煙がある。

恐怖がある。

それでも、人々は前へ進んでいる。


描かれたのは1830年、パリで起きた七月革命である。

つまりこれは、単なる空想上の女神の絵ではない。

現実の歴史と寓意が、一枚の画面の中で出会っている。

私はこの絵を見るたび思う。

芸術は、ときどき社会の中にある「違和感」を、人間より先に見つける。

なぜ、こんなに苦しいのか。

なぜ、この仕組みなのか。

なぜ、誰も疑問を持たないのか。

社会が「当たり前」と呼んでいるものに、

「本当に?」

と問いかける。


芸術家とは、世界に答えを与える人ではなく、

世界が忘れていた問いを思い出させる人なのかもしれない。





家族という小さな美術館


夕方。

家族がそれぞれの場所から帰ってくる。

玄関に靴が増える。

冷蔵庫が開く。

テレビの音がする。

誰かが笑う。

誰かが少し不機嫌である。

食卓には、たいした料理が並んでいるわけではない。

けれど私は、そんな風景を眺めながら思う。

美術館に展示されることのない風景ほど、人生では大切なのかもしれない。


レンブラントも、フェルメールも、北斎も、

結局は人間が生きている時間を描いた。

光。

食卓。

働く人。

道を歩く人。

風。

家。

子ども。

老人。


私たちは「芸術作品」を見るために美術館へ行く。

けれど本当は、美術館から帰ってきた後に見える世界こそが大切なのだ。

昨日まで何とも思わなかった台所の光。

妻が洗濯物を畳む手。

成長した息子の背中。

使い込まれた椅子。

古くなった食器。

そこに、

「あれ?」

と思う瞬間がある。

その「あれ?」こそ、美意識の入口である。





違和感を消さない


大人になると、違和感を消すのが上手になる。

会社では、

「昔からそうだから」

と言われる。

社会では、

「みんなそうしているから」

と言われる。

自分自身にも、

「仕方がない」

と言い聞かせる。

そうやって私たちは、心の中に生まれた小さな疑問を、一つずつ消していく。

けれど、アートはそれを消さない。

むしろ拾い上げる。


「どうして?」

「本当に?」

「別の見方はない?」

そして、その問いを絵にする。

音楽にする。

言葉にする。

形にする。

だからアートは、特別な才能を持った人だけのものではない。


日常の中で、

「何か変だな」

と感じる。

その瞬間から、すでにアートは始まっている。





答えのない時間


夜、家族が寝静まったあと、私は一人で机に向かう。

窓の外には住宅街の灯りがある。

昼間には気づかなかった音が聞こえる。

遠くを走る車。

風。

冷蔵庫の小さな機械音。

机の上には描きかけの紙がある。

私は鉛筆を持つ。

一本の線を描く。

もう一度、線を描き直す。

納得がいくまで何度でも描き直す。

「なぜ、この線では駄目なんだろう」

答えは分からない。

でも、それでいい。


若いころの私は、早く答えが欲しかった。

正しい構図。

正しい描き方。

正しい人生。

けれど長く生きてみると、人生には答えの出ないことの方が多いと分かってくる。

家族のこと。

仕事のこと。

老いること。

別れること。

生きること。

どれにも完全な正解はない。

だからこそ私たちは考える。

そして、考え続けることで少しずつ優しくなれるのかもしれない。





「なぜ?」の向こう側


朝が来る。

またカーテンを開ける。

昨日とは違う光が入ってくる。

妻が台所にいる。

家族の一日が始まる。

私は窓の外を見る。

遠くの空に雲がある。

「あの雲、昨日と違うな」

当たり前である。

同じ雲など二度と現れない。

けれど、その当たり前に気づいた瞬間、世界がほんの少し美しくなる。


「なぜ?」

それは答えを求める言葉だと思っていた。

でも、もしかすると違うのかもしれない。

「なぜ?」とは、

世界をもう一度よく見るための言葉なのだ。


カラヴァッジオは暗闇の中に光を置いた。

北斎は巨大な波の向こうに、小さな富士を置いた。

ドラクロワは混乱する群衆の中に、旗を掲げる「自由」を立たせた。

彼らは世界を見て、

何かを感じた。

そして、

「なぜ?」

と問い続けた。

だから、誰も見たことのない景色が生まれた。





世界から届く、小さな手紙


人生には、ときどき違和感がやってくる。

仕事をしているとき。

家族と話しているとき。

電車に乗っているとき。

絵を見ているとき。

自分自身について考えているとき。

胸の奥で、小さな声がする。

「何か違う」

その声を、すぐに消さなくてもいい。


違和感は、人生から届いた小さな手紙なのかもしれない。

封を開けると、

そこには一言だけ書かれている。

――なぜ?

その問いの向こう側に、

まだ知らない自分がいる。

まだ知らない世界がある。

そして、まだ気づいていない幸福がある。

だから今日も私は、

すぐに答えを出さずに、

少し立ち止まってみようと思う。


窓から入ってくる光を見る。

家族の声を聞く。

道端の草を見る。

遠くの山を見る。

いつもの日常を、

初めて見るもののように眺めてみる。

すると、

昨日まで何もなかった場所に、

小さな美しさが見えてくる。

それがきっと、

アートの始まりなのだ。


そして人生もまた、

「なぜ?」

という小さな問いによって、

何度でも描き直すことができる。

完成していないからこそ、

私たちの人生は、

こんなにも美しい。


 
 
 

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