ブログ小説『創造革命――世界を変えるのは、小さな「気づき」から』

休日の朝、
私は食卓でコーヒーを飲みながら、窓から差し込む光を見ていた。
東京郊外の、ごく普通の朝だった。
妻が台所で食器を片づけている。
息子たちは、それぞれの時間を過ごしている。
冷蔵庫が低い音を立て、遠くで車が走り、カーテンが風にわずかに揺れている。
歴史の教科書には、決して残らない朝である。
けれど
私は、こういう時間にこそ、人間にとって大切なものが隠れているような気がしてならない。
「ねえ、お父さん」
息子がふいに聞いた。
「どうして人間って、絵を描くんだろうね」
私はコーヒーカップを置いた。
いい質問だと思った。
そして、すぐには答えなかった。
窓から入ってきた光が、テーブルの上に四角い形をつくっている。
その光を見ながら、私は考えた。
――人間は、なぜ絵を描くのだろう。
上手になるためだろうか。
美しいものをつくるためだろうか。
有名になるためだろうか。
いや。
もっとずっと昔から、人間は描いている。
美術館も、美術大学も、展覧会もなかった時代から。
もしかすると人間は、
「ここにはないもの」を見るために、絵を描き始めたのではないだろうか。
四万年前のアーティスト
私は息子に、一枚の写真を見せた。
人間の身体に、ライオンの頭。

ドイツ南部の洞窟から発見された「ライオンマン」と呼ばれる彫像である。
マンモスの牙から彫り出されたその像は、およそ四万年前につくられたと考えられている。
私は、この像を見るたびに胸が高鳴る。
なぜなら、そこには単なる写生では説明できないものがあるからだ。
人間とライオンが合体した生き物など、現実の世界には存在しない。
ということは、それをつくった誰かは、四万年前の暗い洞窟のどこかで、
現実には存在しないものを、心の中で見ていた
ということになる。
想像してみる。
夜。
焚き火が燃えている。
獣の気配がする。
誰かがマンモスの牙を手に取り、石器で少しずつ削っている。
カッ、カッ、カッ。
何日も。
何週間も。
あるいは、もっと長い時間をかけて。
「何をつくっているんだ?」
仲間が聞いたかもしれない。
その人は答えたかもしれない。
「まだ、この世界にはいないものだよ」
私は、この場面を想像するのが好きだ。
創造とは、そういうことなのかもしれない。
まだ世界に存在していないものを、誰かが先に見ること。
それが、すべての始まりなのだ。
世界は、一度だけ見ればいいのか
数万年後。
人間は都市をつくり、文字をつくり、国家をつくった。
そして15世紀のフィレンツェでは、もう一度、大きな創造革命が起こった。
ルネサンスである。
古代ギリシャ・ローマの文化が再発見され、人間そのものの可能性に強い関心が向けられた。

その時代に現れたのが、レオナルド・ダ・ヴィンチだった。
彼にとって、絵を描くことと科学することは別々ではなかった。
人間の身体を描けば、骨や筋肉の構造を知りたくなる。
水を描けば、水流を研究したくなる。
鳥を見れば、なぜ空を飛べるのか知りたくなる。
つまり彼は、
「上手に描こう」
としたのではない。
「これは、どうなっているのだろう」
と問い続けたのだ。





私は学生たちにデッサンを教えてきて、何度も思った。
デッサンで最も大切なのは、鉛筆の技術ではない。
観ることだ。
もっと言えば、
「見えているつもりだったものを、もう一度観ること」
なのだ。
リンゴ一個でもいい。
コップ一個でもいい。
自分の手でもいい。
じっと観ていると、不思議なことが起こる。
知っているはずのものが、知らないものに変わっていく。
「あれ?」
その瞬間である。
私は思う。
創造革命は、いつもこの小さな言葉から始まる。
「あれ?」
正しい線と、燃える色
19世紀のパリでも、人々は「正しさ」をめぐって激しく揺れていた。
アングルとドラクロワ。
一方には、明晰な輪郭、秩序、古典への敬意。
もう一方には、色彩、感情、動き、生命の熱。
とりわけ1827年のサロンでは、アングルとドラクロワをめぐる対照が人々の議論を呼んだ。


どちらが正しいのか。
線なのか。
色なのか。
秩序なのか。
情熱なのか。
しかし歴史を遠くから眺めると、おもしろい。
どちらかが消えたわけではない。
両方が残った。
そして両方が、その後の芸術を豊かにした。
私は若いころ、
「正解を見つけなければならない」
と思っていた。
けれど年齢を重ねるにつれて、少し違うことを考えるようになった。
人生には、正解が一つしかない問題より、
正解がいくつもある問題のほうが、ずっと多い。
芸術は、それを教えてくれる。
自分とは違う見方が存在する。
しかも、その見方にも美しさがある。
これは美術だけの話ではない。
家族でも同じだ。
夫婦でも同じだ。
仕事でも同じだ。
「なぜ分かってくれないのだろう」
と思ったとき、
もしかすると相手は、違う角度から同じ世界を見ているのかもしれない。
そう思えるだけで、心に少し余白が生まれる。
芸術とは、他人を理解するための練習なのかもしれない。
洗濯船の夜
二十世紀初頭。
パリ、モンマルトル。
坂道の途中に、古びた建物があった。
バトー・ラヴォワール。
「洗濯船」と呼ばれた場所である。
そこには若い画家や詩人たちが集まった。

金はない。
暖房も十分ではない。
けれど、夢だけはあった。
ピカソ。
アンドレ・サルモン。
アポリネール。
ブラック。
そして、その周囲を行き交う画家、詩人、モデル、芸術家たち。
彼らは食べ、飲み、議論した。
「絵は、本当に一つの視点から描かなければならないのか」
そんな問いが、夜のモンマルトルを駆け回っていたのではないかと私は想像する。
1908年。
ピカソは《アヴィニョンの娘たち》を完成させる。
美しい女性を、美しく描く。
そんな長い西洋絵画の約束事から、作品は大きく逸脱していた。
顔は仮面のようであり、身体は鋭く分解され、空間さえも壊れ始めている。

「こんなのは絵ではない」
そう思った人もいただろう。
だが、その違和感の中から、新しい視覚の言語が生まれていった。
やがてピカソとブラックは、一つの対象を複数の視点から捉えるキュビスムを展開していく。

世界は、一方向から見るものではない。
横から見てもいい。
上から見てもいい。
裏側を想像してもいい。
時間さえ、一枚の画面の中に入れてしまっていい。
私は、この発想が好きだ。
なぜなら人生も同じだからだ。
今日、失敗に見える出来事が、
十年後には人生の転機だったと分かることがある。
別れだと思ったことが、新しい出会いの入口だったこともある。
遠回りだと思った道が、
振り返れば、
自分にしか描けない一本の線になっていることもある。
父のアトリエ
子どものころ、父のアトリエには独特の匂いがあった。
絵具。
油。
キャンバス。
木枠。
筆。
描きかけの絵。
私はその場所で、
「芸術家になるとはどういうことか」
などと考えていたわけではない。
父が描いている。
ただ、それを見ていた。
絵は、家の中にある普通のものだった。
食卓があるように。
湯呑みがあるように。
洗濯物があるように。
絵があった。
後になって気づいた。
それは、とても幸福なことだった。
芸術を特別な場所に置かず、
生活の中に置いておくこと。
美術館の白い壁の向こうだけに、芸術があるのではない。
子どもの落書きにもある。
料理にもある。
庭の手入れにもある。
部屋の片づけにもある。
誰かへの手紙にもある。
そして、
今日を昨日より少し良くしようと考えることの中にもある。
創造とは、生活の技術なのだ。
私の「記憶と記録」

私はこれまで、《記憶と記録》という作品をはじめ、さまざまな作品をつくってきた。
《天地悠遠》。
《異世界》。
作品をつくるたび、
自分が何かを生み出しているように思っていた。
けれど最近は、少し違う気がしている。
作品をつくっているのではなく、
作品によって、自分がつくられてきたのではないか。
一枚描く。
失敗する。
消す。
もう一度描く。
迷う。
離れて見る。
翌朝、もう一度見る。
人生とよく似ている。
人間もまた、
描いては消し、
消しては描きながら、
自分という一枚の絵をつくっている。
完成など、しないのかもしれない。
それでいい。
食卓から始まる革命
「じゃあ、お父さん」
息子が言った。
「創造って、天才だけがするものじゃないんだね」
私は笑った。
「たぶんね」
妻が台所から言った。
「だったら、冷蔵庫の残り物で晩ごはんを考えるのも創造じゃない?」
「それは相当高度な創造だよ」
みんなで笑った。
私は、その笑い声を聞きながら思った。
そうなのだ。
革命という言葉を聞くと、私たちは大きな出来事を想像する。
政治が変わる。
産業が変わる。
技術が変わる。
社会が変わる。
けれど、本当の革命はもっと静かなところから始まるのかもしれない。
誰かが、
「これは本当に当たり前なのだろうか」
と思う。
誰かが、
「別のやり方があるのではないか」
と考える。
誰かが、
「こんなものがあったらいいな」
と想像する。
その瞬間、
まだ誰にも見えていない未来が、その人の中だけに小さく生まれる。
四万年前、マンモスの牙を削った人もそうだった。
レオナルドもそうだった。
ドラクロワもそうだった。
ピカソもそうだった。
そしてきっと、
名も残らなかった無数の人々もそうだった。
新しい料理を考えた母親。
便利な道具を工夫した職人。
子どもを笑わせようと物語をつくった父親。
暮らしを少しでもよくしようと知恵を絞った人々。
歴史に名前は残らなくても、
人類の歴史を本当に前へ進めてきたのは、
そういう小さな創造だったのではないだろうか。
アートの民主化
私は長いあいだ、アートについて考えてきた。
そして、ようやく一つの場所へ戻ってきた気がする。
アートは、
絵が上手な人だけのものではない。
才能があると評価された人だけのものでもない。
美術館の中だけにあるものでもない。
アートとは、
世界を自分の目でもう一度見ること。
そして、
そこに自分なりの意味を見つけること。
なのではないか。
だから、アートは民主化できる。
いや、本当は最初から、
誰の中にもあったのだ。
幼い子どもが雲を見て、
「あ、クジラだ」
と言う。
そこにはもう創造がある。
道端の影を見て、
「人の顔みたいだ」
と思う。
そこにもアートがある。
昨日まで嫌いだったものを、
別の角度から眺めて、
「案外、悪くないかもしれない」
と思う。
それもまた、小さな創造革命だ。
世界を変える前に
夕方になった。
部屋の光が変わっていた。
朝、テーブルの上にあった四角い光は消え、今度は西日が壁を橙色に染めている。
同じ部屋なのに、
まったく違って見える。
私は、その光をしばらく眺めていた。
世界は変わっていない。
けれど、
光が変われば、世界は違って見える。
立つ場所を変えれば、違って見える。
時間が経てば、違って見える。
そして、
心が変われば、
同じ人生さえ違って見える。
もしかすると、創造とは、
世界そのものを変えることではないのかもしれない。
まず、
世界の観方を変えること。
そこから始まるのだ。
私は窓を開けた。
秋の気配を含んだ風が入ってきた。
遠くから子どもたちの声が聞こえた。
どこかの家から夕食の匂いが流れてきた。
妻が、
「そろそろご飯にするよ」
と言った。
「はい」
私は答えた。
そして、ふと思った。
四万年前の洞窟にも、
こんな夕暮れがあったのだろうか。
誰かが火を起こし、
誰かが食べ物を分け、
誰かが子どもを抱き、
そしてその片隅で、
一人の人間が、
まだこの世界には存在しない何かを思い描いていた。
その小さな想像が、
四万年後の私たちにまで届いている。
ならば、
今日、私たちの心に浮かんだ小さな「気づき」も、
いつか誰かの未来につながるかもしれない。
そう考えると、
何でもない今日が、
少しだけ愛おしくなる。
人生は、
完成された絵ではない。
今日もまだ、
描いている途中だ。
一本の線を描く。
失敗したら、もう一本描けばいい。
色が濁ったら、その濁りを生かせばいい。
余白ができたら、そこに光を入れればいい。
そして、
まだ誰も見たことのない明日を、
自分の手で少しずつ描いていけばいい。
それが、
私たち一人ひとりにできる、
いちばん静かで、
いちばんやさしい、
創造革命なのだから。

![ブログ小説[幸せは、見つけるものではなく、気づくもの]](https://static.wixstatic.com/media/4430ab_edb35f4c7b814b28be6279497a3b5c1c~mv2.jpg/v1/fill/w_980,h_980,al_c,q_85,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/4430ab_edb35f4c7b814b28be6279497a3b5c1c~mv2.jpg)
コメント