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何でもない日が、人生の名画になる

執筆者の写真: 聖二 文田
聖二 文田
11 分前
読了時間: 12分

― 暮らしの中に隠れていた、幸福と美しさの物語 ―



「人生を美しくするのは、特別な出来事ではない。何でもない日を、特別なものとして見つめる眼差しである。」



《「おはよう」で始まる》 文田聖二
《「おはよう」で始まる》 文田聖二





序章 人生という、描きかけの絵



人生は、一枚の絵に似ている。


若い頃は、できるだけ大きな絵を描きたかった。

人を驚かせるような構図。誰も見たことのない色彩。遠くからでも目を引く、力強い作品。


けれども、年齢を重ねるにつれ、不思議なことが起こった。

絵の中で最も大切に思えるものが、少しずつ変わってきたのである。


壮大な風景より、食卓に差し込む午後の光。

歴史に名を残した英雄より、台所で夕食をつくる妻の後ろ姿。

美術館に飾られた名画より、子どもが何気なく描いた、少し曲がった家の絵。

そんなものが、以前よりも美しく見えるようになった。


私は長く、絵を描き、人に絵を教えてきた。

美術を学ぶということは、上手に描く技術を身につけることだと思われている。

もちろん、それも大切だ。

しかし、絵を描くことには、もっと根源的な働きがある。


それまで見過ごしていたものに、気づくこと。

知っているつもりだった人を、もう一度知ろうとすること。

何でもない日常の中に、まだ名前のついていない幸福を見つけること。


考えてみれば、私たちの人生のほとんどは、歴史に記録されない時間でできている。


朝、目を覚ます。

誰かに「おはよう」と言う。

仕事に出かける。

帰宅して、ご飯を食べる。

眠る。


それだけのことが、何十年も繰り返されていく。


けれど、その何十年の中には、数えきれないほどの小さな物語が隠れている。


いつか子どもが家を出ていったとき、私たちは何を思い出すだろう。

立派な成績表だろうか。

大きな旅行だろうか。

それとも、夕食の途中で子どもが口にした、どうでもいいような一言だろうか。


私は、そんな言葉を集めてみたくなった。

人生という描きかけの絵に、もう一度、光を当てるために。







第一部 幸福は、いつも家にいる




第一話 トイレの電球が切れた日

― 世界でいちばん小さなニュース ―



夜の九時を過ぎていた。

長引いた会議を終えて帰宅すると、家の中には夕食の匂いが残っていた。

外では、仕事の話がまだ頭の中を行き来している。

明日の予定。解決していない問題。返事をしなければならないメール。


けれど、食卓に座ると、それらが少しずつ遠ざかっていった。

小学六年生と四年生の息子たちがいる。


「今日はどうだった?」


遅い夕食をとりながら、私は何気なく尋ねた。

すると、息子の一人が答えた。


「トイレの電球が切れた」


私は箸を止めた。


「それを超える出来事はなかったの?」

「なしっ」

即答だった。


思わず笑ってしまった。


大人の世界では、毎日のように大きなニュースが飛び交っている。

景気がどうだとか、社会がどうなるとか、世界のどこかで何が起きたとか。

そんなことを気にしながら帰ってきた父親に、子どもは教えてくれたのである。


今日、わが家で起きた最大の事件は、トイレの電球が切れたことだった、と。

なんという平和だろう。


考えてみれば、家族全員が無事に一日を終え、夕食を食べられるということは、決して小さな出来事ではない。

ただ、私たちはそれを「普通」と呼んでいるだけなのだ。


十七世紀のオランダで、フェルメールは日常の室内を繰り返し描いた。


牛乳を注ぐ女性。

手紙を読む女性。

窓辺に立つ人。


歴史を変える英雄は登場しない。

けれど、その絵を前にすると、何百年も前の誰かの暮らしが、まるで昨日のことのように感じられる。


私たちが生きている時間も、きっと同じなのだろう。


いつか何十年も経って、息子たちが大人になり、私の年齢に近づいた頃。

あの夜のことを思い出すだろうか。


たぶん、覚えていないだろう。

それでも構わない。


あの夜、家族は同じ家にいて、同じ一日を生きていた。

それだけで十分だった。


翌朝、私は切れた電球を取り替えた。

小さな部屋に、また明かりが灯った。

何事もなかったように、家族の新しい一日が始まった。

それが、うれしかった。



ヨハネス・フェルメール 《牛乳を注ぐ女》 1658〜1661年頃/アムステルダム国立美術館
ヨハネス・フェルメール 《牛乳を注ぐ女》 1658〜1661年頃/アムステルダム国立美術館

何気ない家事を、永遠に残る光の物語へと変えた作品。

絵の中の女性は、ただ牛乳を注いでいる。その一瞬を見つめると、ありふれた生活の豊かさが見えてくる。







第二話 家族という名の小さな祭り

― 幸福は、予定表の隅に書いてある ―



わが家には、少し変わった習慣がある。


家族で手巻き寿司を食べる日。

たこ焼きを焼く日。

みんなで車に乗って出かける日。

そんな、ささやかな出来事を「祭り」と呼んでいる。


「今度の休みは、たこ焼き祭りだ」


そう宣言するだけで、いつもの週末が少し違って見える。


祭りといっても、太鼓が鳴るわけではない。

屋台が並ぶわけでもない。

食卓に小さな鉄板を置いて、家族が集まるだけである。


誰かが生地を流し込み、誰かが具を入れる。

丸くならないたこ焼きができる。

焦げたものもある。

誰かが笑い、誰かが文句を言う。

けれど、不思議なことに、そんな失敗までが楽しい。


祭りというものは、もともと人々が時間を共有し、共同体のつながりを確かめる大切な機会だった。

日本の祭礼には、神への祈りや感謝、季節の節目を祝う意味がある。

しかし、そこにはもう一つ、大切な働きがあると思う。

人々に、次の楽しみを待つ理由を与えることだ。


正月を待つ。

花見を待つ。

夏祭りを待つ。

収穫を待つ。


人間は、何かを楽しみにしながら生きていく。

その意味では、わが家のたこ焼きも、立派な祭りなのである。


江戸時代、庶民は四季折々の行楽を楽しんだ。

花を見に出かけ、川辺で涼み、祭礼に集まった。


歌川広重の浮世絵には、そんな人々の暮らしが生き生きと描かれている。

風景画でありながら、そこには人間の幸福が描かれている。


何百年も前の人々も、きっと私たちと同じように、次の休日を楽しみにしていたのだろう。


やがて、子どもたちは成長する。

家族全員の予定を合わせることも、難しくなっていく。

四人で囲んでいた食卓が、三人になり、二人になる日も来る。

けれど、あの鉄板の上で転がっていた不格好なたこ焼きは、きっと誰かの記憶に残る。


「うちでは、何でも祭りにしていたよね」


いつかそんな話をしてくれたら、うれしい。


私たちが家族でつくっていたのは、料理だけではなかった。

帰りたくなる場所だったのだ。



歌川広重 《名所江戸百景 浅草金龍山》1856年
歌川広重 《名所江戸百景 浅草金龍山》1856年

雪の浅草寺に、赤い門と塔が鮮やかに浮かび上がる。季節と人々の暮らしを結ぶ江戸の風景。








第三話 風と友達になりたい少年

― 大人になると、見えなくなるもの ―



「どんな友達が欲しい?」


ある日、小学生の息子に尋ねられた。

私は少し考えてから答えた。


「仕事で知り合った人と、仲良くできるといいかな」


いかにも大人らしい答えだった。

すると、息子は言った。


「僕は、自然と仲良くなりたい」

「自然?」

「うん。風とか、海とか」


私は返す言葉を失った。

なんという大きな友達だろう。


私が思い浮かべていたのは、人間関係だった。

仕事のつながり。

社会の中での居場所。


けれど息子は、もっと大きな世界を見ていた。

風と友達になる。

海と友達になる。


そんなことを、私はいつから考えなくなったのだろう。


子どもの頃、風は目に見えなくても、確かに生きているように感じられた。

木々を揺らし、洗濯物を膨らませ、頬をなでて通り過ぎていく。

海は、毎日違う表情を見せていた。

晴れた日の青。

曇った日の灰色。

台風の前の、どこか落ち着かない暗い色。


それらは単なる自然現象ではなく、こちらに何かを語りかけてくる存在だった。


十九世紀のイギリスの画家、ターナーは、光や大気の変化を生涯にわたって追い続けた。

彼の絵では、風が吹き、雨が降り、光が空間を満たす。

目に見えないはずの空気まで、描かれているように感じる。


ターナーは自然を、単なる背景として扱わなかった。

自然そのものが、作品の主役だった。


私は息子の言葉を聞いて、そんな絵を思い出した。


大人になるということは、世界を詳しく知ることだと思っていた。

けれど、知識が増えるにつれ、世界を小さく区切ってしまうこともある。


これは仕事。

これは趣味。

これは役に立つ。

これは役に立たない。


そんなふうに名前をつけ、分類し、理解したつもりになる。


子どもは違う。

風に名前をつけなくても、友達になれる。

海の仕組みを説明できなくても、海を好きになれる。


あの日、息子は私に、自然との付き合い方を教えてくれた。

その後、外を歩くとき、私は少しだけ風を意識するようになった。


顔に当たる風。

木の葉を揺らす風。

遠くから雨の匂いを運んでくる風。


息子の友達は、今日も世界中を旅している。

そして、ときどき私にも会いに来る。


          J・M・W・ターナー 《雨、蒸気、速度―グレート・ウェスタン鉄道》 1844年
          J・M・W・ターナー 《雨、蒸気、速度―グレート・ウェスタン鉄道》 1844年

雨と蒸気、光と速度が混ざり合い、自然の力が画面全体に満ちている。







第四話 市場で買えないもの

― 「ありがとう」が聞こえる場所 ―



「おいしいよー!」


市場の奥から、威勢のいい声が飛んできた。

魚屋の店先には、銀色の魚が並んでいる。


野菜の緑、果物の赤、氷の白。

水の音。

包丁の音。

店の人たちの声。


市場という場所は、いつ来ても色彩と音に満ちている。


妻と一緒に卸売市場を訪れた日のことだった。

魚や肉、野菜が安く買えることも魅力だったが、私にはもっと楽しみにしているものがあった。

人との会話である。


「これ、今日はいいよ」

「じゃあ、それをください」

「ありがとね。またお願いね!」


品物を受け取り、お金を渡す。

ただそれだけのことなのに、なんだかうれしい。


最近では、大型商業施設で買い物をすることが増えた。

欲しいものを選び、カードで支払い、商品を受け取る。

便利で、速くて、合理的だ。

けれど、市場には、便利さだけでは測れない豊かさがある。


私は幼い頃、近所の友達のお父さんに連れられて、市場へ遊びに行ったことがある。

そのお父さんは市場で働いていた。


子どもの目に映る市場は、巨大な迷路のようだった。

どこまでも続く店。

積み上げられた箱。

忙しく行き交う大人たち。

大きな声。

あの頃、市場は一つの街だった。


今訪れると、記憶の中よりもずっと小さく感じられる。

子どもの頃は、あんなに広かったのに。

不思議なものだ。

場所はそれほど変わっていなくても、自分の身体が大きくなり、経験が増えたことで、世界の大きさが変わってしまう。


十九世紀のフランスで、ミレーは農民たちの働く姿を描いた。

畑に落ちた麦の穂を拾う女性たち。

土に向かって働く人々。

そこにあるのは、歴史に名を残すような大事件ではない。

人が生きるために、毎日繰り返している営みである。

しかし、その姿には、人間の尊厳がある。


市場の人たちの声を聞いていると、私はそんな絵を思い出す。

誰かが育てたもの。

誰かが運んだもの。

誰かが売ってくれるもの。

そして、それを食べる私たち。


一つの食卓に並ぶ料理の向こうには、実は数えきれないほどの人々の仕事がある。


買い物とは、物を手に入れることだけではない。

誰かの仕事と、自分の暮らしがつながることなのだ。


市場を出ると、妻が買い物袋を持ち直した。

「今日は、いいものが買えたね」

「そうだね」

私は答えた。


袋の中には、魚と野菜が入っていた。

けれど、私が持ち帰ったものは、それだけではなかった。


「ありがとう」

「また来てね」


そんな声まで、一緒に持ち帰っていた。




ジャン=フランソワ・ミレー 《落穂拾い》 1857年/オルセー美術館
ジャン=フランソワ・ミレー 《落穂拾い》 1857年/オルセー美術館

収穫後の畑で働く三人の女性。暮らしを支える労働に、静かな尊厳を与えた名画。







終章 最後まで、描きかけでいい



若い頃、私は完成された絵に憧れていた。


どこにも欠点がなく、すべてが計算され、見る人を圧倒するような作品。

そんな絵が描けたら、どんなにすばらしいだろうと思っていた。

けれど、長く絵を描いていると、完成とは何なのだろうと考えるようになる。


一枚の絵を描き終えても、次の絵では新しい問題に出会う。

うまく描けたと思った翌日には、昨日まで気づかなかった欠点が見えてくる。

描けば描くほど、描きたいものが増えていく。


人生も、同じなのかもしれない。


子どもの頃は、大人になれば何でも分かると思っていた。

大人になると、年齢を重ねれば迷わなくなると思っていた。


ところが、実際は違った。

年齢を重ねるほど、知らないことが増えていく。

分からないことが増えていく。

そして、不思議なことに、それが楽しくなってくる。


若い頃には気づかなかった、朝の光の美しさ。

何十年も一緒に暮らしている人の、初めて見るような表情。

いつも通っている道に咲いた、小さな花。

昨日まで見過ごしていたものが、今日、突然輝いて見える。


そんな瞬間に出会うたび、私は思う。

まだまだ、人生には描くものが残っている。


セザンヌは、生涯にわたって自然を見つめ、絵画の表現を探究し続けた。

同じ山を、何度も描いた。

同じような果物を、何度も描いた。

一度描けば分かるというものではなかったのだろう。


見つめるたびに、新しい世界が現れる。

私たちの人生も、そうであっていい。


昨日と同じ朝でも、昨日と同じ自分ではない。

今日、何かに気づいたなら、それだけで昨日とは違う一日になる。


人生の最後に、完璧な絵を完成させる必要などないのかもしれない。

たくさん描き直して、たくさん失敗して、たくさん笑って。

気がつけば、画面いっぱいに、出会った人たちの顔が描かれている。

その片隅に、家族で囲んだ食卓がある。


小さな祭りがある。

市場の声がある。

風と友達になりたいと言った少年がいる。

そして、トイレの電球が切れた夜がある。


そんな絵なら、私は何度でも眺めていたい。

人生は、完成させるためにあるのではない。今日も新しい色を重ねるためにある。




ポール・セザンヌ 《サント=ヴィクトワール山》 晩年の連作
ポール・セザンヌ 《サント=ヴィクトワール山》 晩年の連作

繰り返し山と向き合い、見ることと描くことの可能性を追い求めたセザンヌの探究を象徴する作品群。


 
 
 

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