ブログ小説『日本人は、線の向こうを見る』
15 時間前
読了時間: 2分
日本は、脳を休めて、情緒に感動して癒され心で理解する≪情緒思考文化≫
西洋は、脳を刺激して、脳で感動して理解する≪ 論理思考文化 ≫
西洋は『人が自然までも支配する』、現実を科学的な目で捉えて研究し解明してきた論理的思考文化の歴史。
日本は『自然の一部として共生する』、人として生き物として最善のかたち、考え方を模索してきた情緒的思考文化の歴史。
西洋は「描いて埋める」 、細部まで描きこまれていたり肖像画であっても背景が描かれたりしている。
「西洋人は余白があることを恐れる」
日本は「描かない」、描くべきものだけを描きあとは余白にする。
「日本人は満たされていることに恐れを抱く」

西洋絵画が光と陰によって世界の存在感をつかもうとした一方、
日本の絵画には「描かないことで描く」という伝統がある。

長谷川等伯の《松林図屏風》を前にすると、それがよく分かる。
霧の中に松がある。
いや、松があるというより、見えたり消えたりしている。
描かれていない空間のほうが広い。
けれど僕たちは、その余白に湿った空気を感じる。
風を感じる。
朝の冷たさまで感じる。
日本美術は、
「ここに全部描いてあります」
とは言わない。
「あなたの心で続きを見てください」
と言う文化。
人生観も、そうなのかもしれない。
すべてを手に入れなくてもいい。
空白があっていい。
分からないことが残っていていい。
失った人の姿が見えなくても、
その人がいた気配は残る。



コメント