ブログ小説『らしさに気づく――人生という名の自画像』
「あなたらしさって、何ですか」
そう聞かれたら、私は少し困る。
画家であることだろうか。人に絵を教えることだろうか。夫であることか。二人の息子の父親であることか。
あるいは、鹿児島で生まれ、強い太陽の光や、台風の風や、桜島の噴煙を見ながら育った少年だったことだろうか。
考えてみれば、人は不思議なものである。
自分のことを、誰よりも長く見ているはずなのに、案外、自分のことを知らない。
鏡は毎朝、顔を映してくれる。
しかし、鏡の中には「自分らしさ」までは映らない。
自分という、いちばん近くて遠い人
ある休日の午後だった。
私はアトリエで昔のスケッチブックを整理していた。
紙には鉛筆の粉が残り、ページの端は少し黄ばんでいる。
若い頃のデッサン。家族の何気ない姿。旅先で描いた風景。完成しなかった作品のアイデア。
上手いものもあれば、どうしてこんなものを描いたのだろうと思うものもある。
けれど、捨てられない。
隣の部屋から、妻と息子たちの話し声が聞こえてきた。
家族というものは面白い。
同じ家で暮らし、同じ食卓を囲んでいても、四人とも違う世界を見ている。
同じ夕焼けを見ても、
「きれいだね」
と言う人もいれば、
「明日は晴れるかな」
と考える人もいる。
何も言わずスマートフォンで写真を撮る人もいる。
私はたぶん、
――この色は、何色を混ぜれば出るだろう。
と考える。
それが「らしさ」なのかもしれない。
らしさとは、特別な才能ではない。
同じ世界を見ているのに、なぜか自分だけが気になってしまうもの。
そこに、その人の輪郭がある。
ゴッホは、なぜ黄色を描いたのか

私は画集を開いた。
そこに、フィンセント・ファン・ゴッホの《ひまわり》があった。
黄色。
黄色。
そして、また黄色。
けれど、その黄色は単なる花の色ではない。
1888年、南フランスのアルルで暮らしていたゴッホは、ポール・ゴーギャンを迎えるため、自分の「黄色い家」を飾ろうとして《ひまわり》を描いた。
彼はそこに、芸術家たちが共に暮らし、語り、制作する共同体を夢見ていた。
《ひまわり》は、孤独な天才が描いた奇抜な花ではなかった。
それは誰かを迎えるための花だった。
友情の黄色。希望の黄色。「ここで一緒に絵を描こう」という、ゴッホなりの招待状だったのである。
そう思ってもう一度見ると、《ひまわり》はまるで違って見える。
私はふと思った。
人の「らしさ」は、一人で完成するものではないのではないか。
誰かに喜んでほしい。
誰かと一緒にいたい。
誰かに何かを伝えたい。
そんな気持ちによって、自分でも知らなかった自分が引き出される。
家族も、きっとそうなのだ。
妻と出会わなければ知らなかった自分がいる。
息子たちが生まれなければ、一生出会わなかった自分がいる。
親になるということは、子どもを育てるだけではない。
子どもによって、親の中に眠っていた人間が育てられていくことでもある。
「何のために、誰のために」
若い頃の私は、上手くなりたかった。
もっと描けるようになりたかった。
認められたかった。
芸術の世界では、それはごく自然な欲望だ。
けれど歳を重ねると、「上手くなりたい」だけでは、長い人生を歩き続けるには少し足りないことに気づく。
あるとき、心の中に別の問いが生まれた。
何のために描くのか。誰のために伝えるのか。
その問いを考えると、ドラクロワの《民衆を導く自由の女神》を思い出す。

この絵が描いたのは1789年のフランス革命そのものではない。
1830年7月、シャルル10世の政治に対して市民が蜂起した「七月革命」である。三日間の激しい闘争の記憶を、ドラクロワは巨大な画面へ変えた。
中央を歩く「自由」は、現実の一人の女性ではない。
理念が、人間の姿を借りて歩いている。
その後ろを、さまざまな階層の人々が進む。
つまりこの絵には、
「人は何のためなら、前へ進めるのか」
という問いが描かれている。
人間を本当に動かすのは、命令ではない。
内側から湧いてくる理由なのだ。
子どもは、最初から芸術家だった
息子たちが小さかった頃を思い出す。
子どもは、不思議なくらい役に立たないことに夢中になる。
紙切れを集める。
段ボールを秘密基地にする。
意味の分からない絵を何枚も描く。
道端の石を宝物のように持ち帰る。
大人から見れば、ほとんどが「何の役にも立たない」。
しかし考えてみれば、芸術もよく似ている。
一円にもならない線を、何時間も描く。
誰にも頼まれていないのに写真を撮る。
必要でもないのに歌う。
空を見上げて、雲の形を面白がる。
それを合理性だけで説明することは難しい。
だからこそ私は、『鳥獣戯画』を見ると嬉しくなる。


兎が走り、蛙が飛び、猿がふるまう。
動物たちが人間のように遊び、競い、笑っている。
そこには、千年近い時間を飛び越えて伝わってくる「描くことの楽しさ」がある。
もしかすると創造性とは、新しく身につける能力ではないのかもしれない。
子どもの頃には誰もが持っていたものを、大人になって思い出す力なのではないか。
幸福は、大事件の顔をしてやって来ない
夕方になると、家族のいる部屋に光が差し込む。
食卓に置かれたコップが光る。
洗濯物が揺れる。
誰かが冷蔵庫を開ける。
誰かが「お腹すいた」と言う。
歴史の教科書には、決して載らない光景である。
けれど私は、歳を重ねるほど、そういう時間こそ人生の本体なのではないかと思うようになった。

ルノワールの《ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会》を観る。
1876年。
モンマルトルの庶民的なダンス場。
木漏れ日の下で、人々が踊り、話し、笑っている。
そこには王も英雄もいない。
歴史を変える戦争もない。
ただ、人々が休日を楽しんでいる。
しかもこの作品が生まれた1870年代のフランスは、普仏戦争の敗北とパリ・コミューンという激しい社会的傷の記憶をまだ抱えていた。そんな時代にルノワールは、人が集まり、語り、踊る光景を描いたのである。
だから私には、この絵の幸福が軽く見えない。
むしろ、切実に見える。
人間は苦しい時代にも、笑う。
踊る。
恋をする。
食べる。
友人と話す。
幸福とは、苦しみの反対側にあるものではなく、苦しみのある世界の中で、それでも見つけるものなのかもしれない。
モネが描いたのは、風だった

クロード・モネの《散歩、日傘をさす女性》には、妻カミーユと息子ジャンが描かれている。
1875年。
妻が日傘を持って立っている。
息子は少し後ろにいる。
空には雲が流れている。
低い位置から見上げる構図のため、カミーユの身体は青空の中へ浮かび上がるように見える。
しかし私がこの絵で好きなのは、人物そのもの以上に「風」だ。
スカートが揺れる。
草が揺れる。
ヴェールが揺れる。
雲が流れる。
当然ながら、風そのものを絵に描くことはできない。
見えないからだ。
モネは、風によって動かされたものを描くことで、見えない風を描いた。
家族も似ている。
愛情は見えない。
思いやりも見えない。
心配も見えない。
しかし、
「おかえり」
という一言や、
食卓に置かれた一皿や、
何も言わず待っている時間に、
見えないものが姿を現す。
芸術とは、もしかすると、そういうものなのだ。
見えないものを、見えるものによって伝える。
そして人生もまた、そうなのかもしれない。
「普通の人」を描いた革命
江戸の町では、別の革命が起きていた。
歌麿が描いたのは、神でも王でもなかった。
町に生きる女性たちだった。

《寛政三美人》は1790年代初頭に制作された浮世絵で、当時の女性たちを大きく捉えている。
これは考えてみれば面白い。
西洋美術が長い間、宗教や王侯貴族を主要な題材としてきた一方、江戸の浮世絵は、役者、美人、名所、日常、流行といった「いま生きている人々」の世界を商品として大量に流通させた。
庶民が芸術を観る。
庶民が芸術を買う。
庶民自身が芸術の主人公になる。
そこには、現代につながる「アートの民主化」の原型があったように思う。
特別な人だけが美しいのではない。
特別な人生だけが描く価値を持つのではない。
名もない一日にも、美はある。
苦しみさえ、表現に変える
もちろん、人生には幸福な日だけがあるわけではない。
家族であっても、すれ違う。
仕事がうまくいかない。
自信を失う。
未来が見えなくなる。
そんなとき私は、ピカソの《ゲルニカ》を思う。

1937年4月26日、スペイン内戦下のバスク地方ゲルニカが爆撃された。
その報道に触れたピカソは、それまで考えていた制作構想を大きく変え、《ゲルニカ》へ向かった。
彼は短期間に数多くの素描や習作を重ね、巨大な画面を作り上げた。制作過程は写真家ドラ・マールによって記録されている。
そこに描かれているのは、美しい世界ではない。
叫ぶ母。
倒れる人。
傷ついた馬。
光。
闇。
恐怖。
しかし、ここに芸術のもう一つの力がある。
芸術は幸福だけを描くものではない。
幸福ではないものさえ、人間が見つめることのできる形へ変える。
悲しみを消すことはできなくても、悲しみに形を与えることはできる。
孤独をなくすことはできなくても、
「あなたと同じように苦しんだ人が、ここにもいた」
と伝えることはできる。
だから芸術は、人を救うことがある。
父の背中
私が子どもの頃、父はよく絵を描いていた。
画家のいる家では、絵は特別なものではない。
絵具の匂いも、キャンバスも、筆も、描きかけの作品も、生活の一部だった。
子どもというものは、親の言葉以上に、その背中を見ている。
何かを続けるということ。
すぐに結果が出なくても、また描くこと。
昨日うまくいかなかった線を、今日もう一度引くこと。
父はおそらく、そんなことを言葉で教えようとはしていなかった。
ただ描いていた。
けれど、今になって思う。
あれは授業だったのだ。
人生でいちばん長い、美術の授業だった。
そして気づけば、今度は私が息子たちに背中を見られる側になっていた。
人は、受け取ったものを、そのまま渡すわけではない。
自分というフィルターを通し、少し形を変えて次の世代へ渡していく。
その変化の中に、「らしさ」が生まれる。
「らしさ」は探すものではなかった
長い間、私は「自分らしさ」というものを探していた気がする。
どこかに答えがあると思っていた。
自分にしか描けない絵。
自分だけの表現。
自分だけの生き方。
けれど、最近は少し違う。
らしさとは、探して見つける宝物ではない。
気づくものなのだ。
何度も描いてしまうもの。
何度も写真を撮ってしまうもの。
なぜか気になる人。
繰り返し読んでしまう本。
気がつけば話していること。
失敗しても、なぜかやめられないこと。
そこに、自分がいる。
ゴッホにとっての黄色。
モネにとっての光。
ルノワールにとっての人々の喜び。
歌麿にとっての江戸の人間。
ピカソにとっての、時代に対して沈黙しない絵画。
彼らは最初から「自分らしさ」を知っていたわけではない。
描いた。
失敗した。
迷った。
また描いた。
その繰り返しのあとに、私たちが「ゴッホらしい」「モネらしい」と呼ぶものが残ったのである。
家族という、小さな美術館
夜。
家族がそれぞれの部屋へ戻ったあと、私は一人でリビングに残った。
テーブルの上には、飲みかけのコップ。
椅子が少し斜めになっている。
読みかけの本。
脱ぎ忘れた靴下。
美術館なら、もちろん展示されないものばかりだ。
けれど、その光景を眺めていると、不思議に愛おしくなった。
ルノワールなら、人を描いただろう。
モネなら、窓から入る光を描いただろう。
ゴッホなら、この部屋を黄色くしたかもしれない。
私は何を描くだろう。
そのとき、ようやく分かった気がした。
大切なのは、
「何を描けば自分らしくなるか」
ではない。
自分が大切だと思ったものを、正直に見続けること。
それが結果として、その人の「らしさ」になる。
アートの民主化
アートの民主化とは、
誰もが画家になることではない。
誰もが美術館へ行くことでもない。
まして、誰もが上手な絵を描けるようになることでもない。
私はこう思う。
自分が感じたことを、自分で信じてよい社会になること。
空を見て、
「きれいだ」
と思う。
人と違うところで立ち止まる。
理由は分からないけれど、何かに心を動かされる。
描いてみる。
書いてみる。
撮ってみる。
歌ってみる。
誰かに話してみる。
そこからアートは始まる。
創造することは、一部の才能ある人間に与えられた特権ではない。
人間が生まれながらに持っている、
「世界を自分なりに受け取る力」
なのだ。
あなたの中にも、まだ知らないあなたがいる
窓の外を見る。
夕暮れの空が、ゆっくり色を変えている。
同じ夕焼けは、二度と来ない。
家族と過ごす今日も、二度と来ない。
私自身も、昨日の私とは少し違う。
だから、完成しなくてもいいのだと思う。
自分らしさを、急いで決めなくてもいい。
人生とは、一枚の完成した自画像ではない。
毎日少しずつ描き足されていく、
終わりのない自画像なのだから。
嬉しかった日には、明るい色が加わる。
迷った日には、線が震える。
誰かを愛した日には、今まで知らなかった色が生まれる。
失敗した日には、消した跡が残る。
けれど、その消した跡さえ、
いつかその人にしか描けない絵の一部になる。
だから、
うまく生きられない日があってもいい。
迷ってもいい。
立ち止まってもいい。
他人と違ってもいい。
むしろ、その違いの中に、
まだ自分でも気づいていない「あなた」がいる。
ゴッホが黄色を選んだように。
モネが風の中の家族を描いたように。
ルノワールが名もない休日の幸福を描いたように。
あなたにも、
なぜか心が動いてしまうものがあるはずだ。
それを、大切にしてほしい。
それはまだ作品ではないかもしれない。
才能とも呼べないかもしれない。
けれど、
あなたの心が動いたという事実だけは、
世界中の誰にも否定できない。
その小さな震えこそが、
創造の始まりだから。
そして、いつの日か振り返ったとき、
あなたはきっと気づくだろう。
ずっと探していた「自分らしさ」は、
遠い場所に隠れていたのではなかった。
毎日の食卓に。
家族との会話に。
好きな風景に。
失敗した仕事に。
何度も描き直した一枚の絵に。
そして、
「もう一度やってみよう」
と思った、その心の中に、
最初から静かに息をしていたのだと。
人生は、自分を探す旅ではない。
自分の中にすでにあるものに、気づいていく旅なのかもしれない。
今日もまた、
人生という名の自画像に、
一本の線を引く。
その線が少しくらい曲がっていてもいい。
まっすぐではないからこそ、
それはきっと、
あなたにしか引けない線なのだから。



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