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ブログ小説『自分を見失わない――見えている世界の、その向こう側へ』

執筆者の写真: 聖二 文田
聖二 文田
10 分前
読了時間: 11分



朝、カーテンを開けると、


光が部屋の床を斜めに横切っていた。

妻が台所に立っている。

湯気の向こうで、包丁が小さな音を立てていた。

息子たちはそれぞれの場所で、それぞれの朝を始めている。

私はコーヒーカップを手にしたまま、その光景を眺めていた。


何十年も絵を描いてきた人間なのだから、普通の人より「観る」ということには慣れているつもりだった。

けれど、ふと思った。

私は、本当にこの風景を見ているのだろうか。

妻の横顔を。

息子たちの成長を。

窓から差し込む光を。

いつもの食卓を。

それとも私は、「いつもの朝」という名前をつけた瞬間に、見ることをやめてしまっているのだろうか。


人間は、不思議な生き物である。

目を開いているからといって、見えているとは限らない。

むしろ私たちは、自分が見たいと思ったものだけを拾い集めて、「これが世界だ」と信じながら暮らしているのかもしれない。




レオナルドは、なぜ人体を切り開いたのか



トリノ王宮図書館が所蔵するレオナルドの自画像(1513年 -1515年頃)
トリノ王宮図書館が所蔵するレオナルドの自画像(1513年 -1515年頃)

五百年以上前。

フィレンツェやミラノの夜の静けさの中で、ひとりの男が人間の身体を見つめていた。

レオナルド・ダ・ヴィンチである。

彼は画家だった。

しかし、絵を描くだけでは満足できなかった。


腕はなぜ曲がるのか。

筋肉はどのようにつながっているのか。

心臓はどう動くのか。

人はなぜ笑い、なぜ悲しみ、その感情はどのように顔に現れるのか。

彼の問いは、皮膚の表面で止まらなかった。

「見えているもの」の奥に、「見えていない仕組み」がある。

だから彼は人体を解剖した。

骨を描き、筋肉を描き、血管を描き、心臓を描いた。


人体研究は、もともと絵画のために始まった。

ところが、観察を深めれば深めるほど、彼の関心は芸術の範囲を越え、やがて生命そのものへ向かっていった。

彼が求めていたのは、上手に描く方法ではなかったのだろう。

「人間とは何なのか」

その答えだったのではないだろうか。


芸術家の眼とは、美しいものを見つける眼ではない。

世界の表面を一枚めくってみる眼なのだ。





父の背中


子どものころ、私は画家である父の背中を見ていた。

アトリエに入ると、絵具の匂いがした。

キャンバスがあり、筆があり、描きかけの絵があった。

父は長い時間、絵の前に立っていた。

描いている時間より、見ている時間のほうが長いのではないかと思うことさえあった。

子どもの私には、それが不思議だった。

「描かないのかな」

そう思っていた。

けれど今ならわかる。

父は、描いていなかったのではない。

目(脳)で描いていたのだ。


色を見る。

形を見る。

光を見る。

そしておそらく、その奥にある自分自身を見ていた。

絵を描くという行為は、手を動かすことだと思われがちである。

しかし、本当は違う。

描く前に、見る。

描きながら、見る。

描いたあとも、見る。

画家の仕事の大半は、もしかすると「見ること」なのかもしれない。





ドガは、舞台ではなく舞台裏を見た


十九世紀のパリ。

エドガー・ドガは、バレリーナたちを繰り返し描いた。

華やかな舞台。

美しい衣装。

優雅なポーズ。


『踊りの花形』 1878年頃 エドガー・ドガ
『踊りの花形』 1878年頃 エドガー・ドガ

けれど彼が見つめたのは、それだけではなかった。

稽古する少女。

疲れて身体を休める少女。

背中を掻く踊り子。

あくびをする女性。

舞台の袖で待つ時間。


『ダンス教室(バレエ教室)』 1873-1875  エドガー・ドガ
『ダンス教室(バレエ教室)』 1873-1875 エドガー・ドガ

ドガは、観客が見たい「美しいバレエ」だけを描かなかった。

むしろ、その美しさを支えている時間を見た。

一枚の作品のために、ほとんどすべての人物について準備素描を重ねた作品さえ残っている。

『出番を待つ踊り子たち』1879年 エドガー・ドガ
『出番を待つ踊り子たち』1879年 エドガー・ドガ

華やかな一瞬の背後には、誰にも見られない無数の時間がある。

それは人生も同じだ。

私たちは誰かの成功を見る。

展覧会を見る。

受賞を見る。

肩書を見る。

完成作品を見る。

けれど、その後ろには、

失敗した日がある。

描けなかった夜がある。

誰にも評価されなかった年月がある。

迷い続けた時間がある。


完成した一枚だけを見て、その人の人生を理解したと思ってはいけない。

ドガの踊り子たちは、そんなことを静かに教えてくれる。





リビングという名のアトリエ


家族で暮らしていると、家の中には無数の小さな物語が生まれる。

息子が小さかったころのこと。

何気なく言った言葉。

兄弟で交わした会話。

食卓で起こった小さな事件。

そのときは、ただの日常だった。

けれど十年、二十年と時間が過ぎると、それらは突然、宝物のような輝きを帯び始める。


不思議なものだ。

幸福というものは、幸福だったその瞬間には、案外わからない。

後になって、

「あれは幸せだったのだ」

と気づくことがある。


だから芸術家にとって、家族との暮らしは巨大なアトリエなのだと思う。

モデルは毎日変化する。

子どもは成長する。

妻の表情も変わる。

自分も老いていく。

同じ朝は二度と来ない。

同じ夕食も二度とない。

昨日と同じように見えるリビングも、本当は昨日とは違う。


芸術とは、特別な場所へ出かけて発見するものだけではない。

いつもの場所を、初めて見るように見ること。

そこから始まるのだ。





モネは蒸気の向こうに「時代」を見た



『サン・ラザール駅』1877年 クロード・モネ
『サン・ラザール駅』1877年 クロード・モネ

1877年、クロード・モネはパリのサン=ラザール駅を描いた。

そこには蒸気機関車がいた。

鉄骨があった。

煙があった。

人々が行き交っていた。

当時の鉄道は、単なる乗り物ではない。

社会そのものを変えつつある巨大なテクノロジーだった。

距離が縮まり、人が動き、都市が膨張し、生活の速度が変わっていく。


昔ながらの風景画家なら、黒い煙を吐く機関車を「美しくない」と考えたかもしれない。

だがモネは違った。

蒸気の中に光を見た。

鉄骨の中にリズムを見た。

駅という日常の場所の中に、新しい時代を見た。

サン=ラザール駅を描いた一群の作品は、近代都市の産業的な姿から目をそらさず、それ自体を新しい絵画の主題にした。


つまり芸術家とは、

「美しいもの」を探す人ではなく、

まだ誰も美しいと気づいていないものを発見する人

なのかもしれない。





情報という海


現代の私たちは、レオナルドの時代とは比べものにならないほど大量の情報に囲まれている。

朝、スマートフォンを開けばニュースが流れてくる。

SNSを開けば、誰かの成功が流れてくる。

作品が流れてくる。

意見が流れてくる。

怒りが流れてくる。

羨望が流れてくる。

世界中の情報を手に入れられる時代になった。


それなのに、ときどき私たちは以前より世界が見えなくなる。

情報が少なかったから見えなかったのではない。

情報が多すぎて、見えなくなることもある。


他人の人生を見すぎると、自分の人生が小さく見える。

他人の作品を見すぎると、自分の作品が古く見える。

他人の評価を気にしすぎると、自分が何を描きたかったのかわからなくなる。

調べることは大切だ。

知ることも大切だ。


しかし、集めるだけではリサーチにはならない。

必要なのは、

発見すること。

展開すること。

そして最後に、

捨てること。


何を残し、何を捨てるか。

そこに、その人自身が現れる。





デュシャンが階段で見つけたもの


『階段を降りる裸体No.2』 1912年 マルセル・デュシャン
『階段を降りる裸体No.2』 1912年 マルセル・デュシャン

1912年。

マルセル・デュシャンは『階段を降りる裸体 No.2』を描いた。

そこに、古典絵画のような美しい裸体は見当たらない。

人間の身体は分解され、いくつもの形が重なりながら階段を降りていく。


当時発達していた連続写真などによって、人間の「動き」を分析する新しい視覚が生まれていた。

デュシャンはそこから刺激を受け、静止しているはずの絵画の中に「時間」を持ち込もうとした。

ところが、その新しさは仲間の画家たちにさえ理解されなかった。

パリで発表しようとしたとき、キュビスムの仲間から作品を外すよう求められた。

新しいものは、ときとして、最初は間違いに見える。

誰も見たことのないものだからだ。

しかしデュシャンは、自分が見つけた問いを手放さなかった。

やがてその作品は、一九一三年のニューヨーク、アーモリー・ショーで大きな論争を呼ぶことになる。


人に理解されないことと、

自分が間違っていることは、

同じではない。

これは芸術だけの話ではない。

人生にも、ときどきそういう瞬間がある。





「お父さんは、どう思うの?」


ある日の食卓で、家族と話をしていた。

世の中のこと。

仕事のこと。

これからのこと。

誰かが言った。

「でも、お父さんはどう思うの?」

私は一瞬、答えられなかった。

知識ならあった。

世間の意見も知っていた。

専門家が何と言っているかも知っていた。

けれど、

「自分はどう思うのか」

と聞かれた途端、言葉が止まった。


そのとき気づいた。

情報を持っていることと、自分の考えを持っていることは違う。

たくさん知っている人が、自分を知っているとは限らない。

むしろ情報を集めれば集めるほど、他人の言葉が自分の声を覆ってしまうことがある。

だから、ときどき情報を閉じなければならない。

画面を閉じる。

本を閉じる。

誰かの意見から離れる。

そして、自分に尋ねる。


「私は、どう感じた?」

「私は、何が好きだった?」

「私は、本当は何を描きたい?」

その小さな問いが、自分へ帰る道になる。





見失ったら、観察に戻ればいい


長く生きていると、自分を見失うことがある。

若いころだけではない。

大人になってもある。

仕事がうまくいっているときにもある。

評価されているときにもある。

むしろ、人から求められるようになったときほど危ない。

「期待される自分」を演じているうちに、

「本当の自分」が見えなくなるからだ。


そんなとき、私は思う。

レオナルドならどうしただろう。

おそらく彼は、もう一度観察しただろう。

思い込みではなく、対象を見る。

常識ではなく、事実を見る。

そして、

自分を見る。


観察とは、外の世界を見ることだけではない。

自分の心の小さな変化を見ることでもある。

今日はなぜ疲れているのか。

なぜこの言葉に腹が立ったのか。

なぜこの絵を見ると涙が出そうになるのか。

なぜ昔の家族写真を、今日は長く眺めてしまうのか。


そこには、まだ言葉になっていない自分がいる。





人生という一枚のデッサン


夕方になった。

窓の外の光が少しずつ薄くなっていく。

私は机に座り、一枚の紙を前にした。

白い紙だった。

何を描くかは決めていない。

鉛筆を持つ。

そして、しばらく何も描かずにいる。


昔なら、白い紙を見ると焦った。

何か描かなければ。

良いものを描かなければ。

人に評価されるものを描かなければ。

けれど今は、少し違う。

白い紙は、怖いものではない。

まだ何にでもなれる場所なのだ。


人生も同じなのかもしれない。

人は何歳になっても、描き直せる。

線を消してもいい。

違う線を引いてもいい。

遠回りしてもいい。

途中で立ち止まってもいい。

大切なのは、

誰かの絵を完成させることではなく、

自分の絵を描き続けることだ。


その夜。

家族が寝静まったあと、私はリビングに残っていた。

昼間まで当たり前だった椅子がある。

テーブルがある。

飲みかけのカップがある。

家族の気配が残っている。

それらを見ていると、ふいに思った。

世界には、まだ見ていないものが無数にある。

遠い外国だけではない。

美術館だけでもない。

歴史の中だけでもない。

目の前にいる人の中にもある。

自分自身の中にもある。


私たちは、ときどき人生という巨大な情報の海で、自分の位置を見失う。

そんなときは、遠くを見る必要はないのかもしれない。

目の前のものを、

もう一度、

ゆっくり見る。

妻の横顔。

息子の背中。

父が残した記憶。

一枚の絵。

窓から入る夕方の光。

そして鏡の中にいる、

少し歳をとった自分。

そこに、帰る場所がある。


レオナルドは人体の奥に生命を見た。

ドガは華やかな舞台の裏側に努力の時間を見た。

モネは煙に覆われた駅に新しい時代を見た。

デュシャンは階段を降りる身体の中に、時間そのものを見ようとした。

彼らが特別だったのは、

人より遠くを見ることができたからではない。

もしかすると、

人が通り過ぎてしまうものの前で、立ち止まることができたからなのだ。


人生も同じだ。

幸福は、大きな看板を掲げてやって来ない。

「ここに幸福があります」

とは教えてくれない。


朝の食卓にいる。

くだらない家族の会話にいる。

誰かを待つ時間にいる。

失敗した日の帰り道にいる。

描き直した一本の線にいる。

そして、

何気なく振り返った家族の横顔の中にいる。

だから私は今日も見る。

描くためだけではない。

生きるために。

自分を見失わないために。

世界をよく見る。

人をよく見る。


そして、ときどき、

自分の心をよく見る。

そこにはきっと、

まだ自分自身さえ知らない「自分」がいる。


芸術とは、

その人を探し続ける旅なのかもしれない。

そして人生とは、

その旅の途中で出会った光を、

一つずつ心の中に描いていく、

たった一枚の、未完成の自画像なのだ。


 
 
 

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