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日常を更新するアート

  • 執筆者の写真: 聖二 文田
    聖二 文田
  • 9月23日
  • 読了時間: 3分


私たちはよく「芸術は世界を写すもの」と思いがちですが、実際はもう少し違います。芸術家はただ描いているのではなく、「人間はどう世界を見ているのか」を探っているのです。


わずかな光の揺れや、色が作り出すニュアンス。そうしたものを注意深く見つめることで、芸術家は感覚の奥に潜む秘密を引き出そうとしてきました。

だから絵を見るということは、ひとりの芸術家の「知覚の仕組み」をのぞき込むような体験でもあるのです。


一見、芸術と科学はまったく別の道に見えます。でも、じつは不思議なところで交わっています。

画家セザンヌが「色は形にどんな影響を与えるのか」と問い続けたことは、科学者の「視覚の要素はどう組み合わさって認識されるのか」という研究と同じ方向を向いています。


『サント・ヴィクトワール山』1904年  ポール・セザンヌ
『サント・ヴィクトワール山』1904年 ポール・セザンヌ
『静物』1879-82年 ポール・セザンヌ
『静物』1879-82年 ポール・セザンヌ

アトリエでの試行錯誤が、研究室の実験とつながっている――それが芸術と科学の面白い関係なのです。



レオナルド・ダ・ヴィンチは、「多くの人は見ても見ず、聞いても聞かずに日常を過ごす」と嘆きました。彼にとって感覚を磨くことは、ただ楽しむためではなく、生きることの意味を深める作業でした。


トリノ王宮図書館が所蔵するレオナルドの自画像(1513年 1515年頃)
トリノ王宮図書館が所蔵するレオナルドの自画像(1513年 1515年頃)

日常のありふれた動作も、意識して味わえば世界の秘密に触れる入口になる。そんなメッセージは、500年経った今でも強い説得力を持っています。


レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿
レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿
レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿『子どもの研究』アカデミア美術館素描版画室
レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿『子どもの研究』アカデミア美術館素描版画室
レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿『水のスケッチ』
レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿『水のスケッチ』
レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿『水のスケッチ』
レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿『水のスケッチ』
レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿
レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿
レオナルドがチェーザレ・ボルジアの命令で制作した、非常に精密なイーモラの地図。
レオナルドがチェーザレ・ボルジアの命令で制作した、非常に精密なイーモラの地図。


芸術が社会の「ものの見方」まで変えてしまった例もあります。

オスカー・ワイルドが言った「ターナー以前にロンドンに霧はなかった」という言葉は有名です。ターナーの描く霧に触れることで、人々ははじめて霧という風景を「美的に」意識するようになった。芸術家が見つけた視点が、人々の世界観を塗り替えたのです。


『雨、蒸気、スピード-グレート・ウェスタン鉄道』 1844年 ターナー
『雨、蒸気、スピード-グレート・ウェスタン鉄道』 1844年 ターナー

哲学者カッシーラーの言葉にあるように、芸術は現実をなぞるだけではありません。むしろ「現実を新しく発見する手段」です。

画布の上で立ち上がるイメージは、誰も見たことのない「新しい世界の切り取り方」であり、それを通じて私たちは現実をもう一度見直すことができるのです。

だからこそ芸術家は、リアリティを発見する天才だと言えるでしょう。彼らが見つけた新しい現実は、やがて多くの人が共有し、時には社会の景色を変えてしまうほどの力を持っています。


『バベルの塔』 1563年 ピーテル・ブリューゲル
『バベルの塔』 1563年 ピーテル・ブリューゲル
『サン・ラザール駅』1877年 クロード・モネ
『サン・ラザール駅』1877年 クロード・モネ
『名所江戸百景 大はしあたけの夕立』 1857年 歌川広重
『名所江戸百景 大はしあたけの夕立』 1857年 歌川広重
『燕子花図屏風』1701-04年 尾形光琳
『燕子花図屏風』1701-04年 尾形光琳
『相対性』 1953年 マウリッツ・エッシャー
『相対性』 1953年 マウリッツ・エッシャー
『通りの神秘と憂愁』1914年 ジョルジョ・デ・キリコ
『通りの神秘と憂愁』1914年 ジョルジョ・デ・キリコ
『ゲルニカ』1937年 パブロ・ピカソ
『ゲルニカ』1937年 パブロ・ピカソ
『クリスティーナの世界』 1948年 アンドリュー・ワイエス
『クリスティーナの世界』 1948年 アンドリュー・ワイエス

芸術作品の前に立つとき、私たちはただ風景を見ているのではなく、作者が経験した「感覚の冒険」を追体験しているのです。その体験から、新しい視点や気づきが生まれます。

芸術はそのたびに、私たちの世界の見方を少しずつ更新してくれるのです。

だからこそ、絵を前に立ち止まる時間は贅沢です。芸術は、私たちに新しい眼を与えてくれる。――そのことに気づいたとき、日常の風景もまた違って見えてくるでしょう。

 
 
 

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